死んでしまえ





ただただ苦しくって、苦しくって、
もがいて、もがいたけど、意味はなくって、

――はやく終われ。

ただ、願ってた。


何が起きているかなんて最早解らなかった。
体を揺さぶられる痛みに目を閉じて、断裂する心は叫ぼうとしてできなくて、停止していく頭を痛みで揺さぶられて、
怖いという感情だけを理解した。そして、これは絶望なのだと理解した。



頭がガンガンと痛い。
寒い、寒い。
オーキド・グリーンは寒さに身震いし、自身の体に腕を回し気持ちの悪い感覚に思いを巡らせていた。
足の底から冷えていくような、そんな感覚だ。俺はこれをすでに味わっている。最近だ、最近この感覚を味わった。

振りかぶる拳、突き付けられる刃…下卑た笑み。
一気に脳内を支配した感覚にグリーンは飛び起きた。

何をされたかよくわからない。いつからか、どれだけ続いたのか、それもよくわからない。ただ、永遠と思うような時間を過ごした。そして、記憶がぐちゃぐちゃしたものでも、あの出来事が一般的になんとよばれるものか理解はしていた。

犯されたのだ。

相手の顔も、人数も、どこをどうされたのかも、よくわからない。わからないけれど、体の痛みと、冬なのに外で全裸に近い状態で倒れていたのだから、現実逃避すら出来ない。
おかしい、確かに最初俺は抵抗してたはずなのに、相手の顔も人数も解らないなんて、
すっかり外で放置された体は氷下の水のように冷たくって、赤くなっててなんでこの寒空の下自分は死んでいないのか疑問に思った。
変だ、今まで生きてきてここまで解らないことはなかった。
けだるい体を起こし、ズタズタに引き裂かれた上着を手繰り寄せ、申し訳程度に羽織る。しかし、冷え切った服は体を暖めてくれるわけでもなくって徒に冷え切った体をこすり痛くしただけだった。

とにかく、帰らないと。

あれ、でも帰っても爺さんは今研究で忙しいだろうな。今の時間わかんないけど日差しは暖かいからお昼なんだろう。だったら、確実に忙しくしてる。じゃまじゃないかな。じゃまそうだったら、じかんを改めなければ。
じいさん、犯されたのが俺でも悲しんでくれるかな。レッドやねーちゃんじゃなくても、かなしんでくれるかな。
おれみたいな、同姓に、男のくせして好き放題にあらされたやつのことでも、まごだって思ってくれるかな。

立とうとしてめまいがした。
足がふらつく。近くにあった木にもたれかかった。

「腹、…痛い。」

あ、のど、こきゅう、苦しい。

「ふっ…ぅ゛…お゛ぅえっ…げぇ!!!」

胃の中を最早何だったのかと判別できなくなったものが競り上がり、のどまで押し上げ口内を溢れさせた。
腐臭が鼻を衝く。息が出来ない、苦しい。
腹もずっと痛いまま。なんでだ、なんでだろう。

視界が揺らぐ。
ああ、眠い。足動かないし。ちょっと、休もう。





底から冷たく忍び寄ってくるような感覚に飛び起きた。
陽は空を赤く染めだしていて、もうすぐで日が沈むのだと認識する。

還らないと。

おなかは痛いけど、頭も、痛いけど。
とにかくかえらないと。

あしが、いたいけど、昔みたいに迎えに来てくれる人なんてもういないのだから、じぶんで動かさないと。
さむい、寒い。


…ああ、思いだした。昨日の夜だ。
あの時からもう何がなんだか解んなかったんだ。
素足を傷つける小石の痛みも葉の痛みも最早麻痺しているせいか痛くない、
痛くない。
それよりもあの痛みの方が、記憶の方が痛くて、寒くて、苦しくって、
助けてってもがいても、逃げようとして、助けを呼びに行こうとしてもそれすら許されなくって、
ただただ痛くて、寒くて、

その場にしゃがみこんだ。






「怖い、よ。姉ちゃん…。」



オーキド・ユキナリは差し迫る論文の締切に追われ、苛立ちを募らせていた。しかし、苛立ちの要因が締切だけかと言われればそうではない。孫のグリーンだ。もとから探検等が好きなたちではあったのだが、ジムリーダーになってからもそれは抜けないようで、ジムから連絡があった。「グリーンがそちらにいらしていませんか」と。
自身に迷惑をかけたがらないグリーンの性質は知ってはいるが、ジムをサボることで迷惑がかからないかと考えが及ぶものではないかと、考える。
もちろん、苛立ちの要因を追及して締切が延びる訳でもない。
解ってはいるが、些細なことに責任を転嫁しながら出ないとやっていけなかった。

「じーさん、いる?」

「あ、いるね。」そう言いながら存在を認識し自己完結したようである、丁度考えに上がっていた問題児である孫・グリーンが現れる。このタイミングで来るとは、怒られるのも解っているはずだし、締切が近いという事も知っているはずなのに、随分と思慮に欠けるものだ。

「グリーンよ、今日ジムを空けたらしいの。」

目もくれずに答える。暗に叱責した。
普段のグリーンなら、即座に言い訳を述べるはずなのに、いつものタイミングで帰ってこない。腹立たしい、これ以上時間を食わせてほしくないというのに。
そう思い、次の言葉を放とうと顔を挙げた時だ。

「俺さ、男に昨日の夜?レイプされたんだよね。」

思わず、動かしかけた頭が一瞬止まった。しかし、あまりにも平然と言われ、怒りはピークに達する。溜息をつきワンテンポ置いた。そして文句を言うために椅子を回転させる。
忙しい人の時間を食い物にするんじゃない、嘘ならもっとましなのを時間があるときに言え、と。
言おうとして、言葉は口の中にとどまった。

平然とのたまったグリーンの姿は尋常じゃなかった。

顔には痣や擦り傷を作り、服はずたずたに引き裂かれ、何か粘着質なものが乾燥したのだろう服が不自然に固まっている。血なんてそこらじゅうに付着しているし、口元なんて吐いたのだろう、肌が黄味がかって荒れていた。
にこにこと目をパッチリさせているのが、唯一いつも通りなところか、いや、そこですらいつも通りでない。
確かに、祖父を見てはいるが、どこか遠くを見ているようで、笑っていない。形だけ笑みに似せているだけだ。髪の毛もボサボサで、その人物がなんとかグリーンとわかるだけで普段の孫の姿からはかけ離れていた。

「あーでも気持ち悪いよなだって自分も男なのにカントー最強のジムリーダーなのに碌な抵抗も出来ないで体好き勝手させてさじいさんも気持ち悪いよな?こんなやつが孫とか気持ち悪いしふがいないよなダサいし今まで威張ってたやつが自分の事も守れないとかマジ笑える。じいさんもどんまい!俺みたいなのが孫で、孫が姉ちゃんとレッドだったら完璧な家族だったのにおれみたいな欠陥品が混ざっちゃって、でも許してくれよ俺だって親を選べた訳じゃないんだ俺がここに生まれたのは俺の意思じゃないんだから俺はどうにもできないし、まあ出来る事はするよ、俺はレイプされたのは隠ぺいしとくからまあ犯人が発表しちゃったらお終いだけど多分ないだろうしそしたら俺も消えるから。」

事態に老いた頭では追い付かず呆然としていると、グリーンはまくし立てるように支離滅裂な言語を喋り、さっさと書斎を出て行った。
孫の異常な様子に少しあっけにとられたが慌てて追いかけて外に出る。
しかし、すでにグリーンの姿は見つけることが出来なかった。










グリーンが人前に姿を現したのは、それが最後だった。










底から襲いかかってくるような恐怖に、目が覚めた。

まだ、俺は死んでないのか、


はやく、はやく、








俺なんか、


じいさんは俺を必要としなかった。
だったら、もう残された道なんて限られてる。


寒いのは怖いんだ、くるしいんだ、
もううごけないのに、
いしきだけあってもいみないのに、










はやく、はやく



俺なんか―――



















死んでしまえ。


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