一条の闇(長編1)




「おはようございます、姉上。お身体変わり有りませんか。」

「ええ、大丈夫よ。ああ、私の可愛い弟、あなたは今何を想っているの?」

「…都の未来を考えておりました。」

簾越しの姉との会話は、何も生まない。まるで、傀儡人形と話しているような無感動なやり取りである。この無感動なやり取りからグリーンの朝は始まる。自身が祖父と同じ道に入ったときから傀儡はグリーンの身を案じ、グリーンは心配する傀儡に不要だと返す習慣は始まった。
姉の体は強くない。その為に俺が家業を継ぐためこの屋敷に拾われたのだ。

帝都を護る陰陽道、最盛を極めるは大城戸の姓を持つ貴族。
長たる男、幸成は急いて跡継ぎになりうる男を探した。既に亡くなった娘夫婦は一人の女を授かっていたが何分体が弱く、年を経てから才有るものと結婚させれば良いと考えていたのだがそういうわけにもいかなくなった。このままではいけないと急いた結果見つけたのが、遥か西国より渡来してきた名をグリーンという少年だった。
少年は、不幸を引き連れていると言われ捨てられるように様々な旅団をたらい回しにされ、行き着いた先として、都に最も近い交易場に現れたようだ。
幸成は一目見て決めた。
少年を引き取り、跡取りにしようと。異国の容姿をした少年は、何も瞳に写してはいなかったが、しかし無感動な意思と秤で比べれば一瞬で負の要素が空へ浮くほどの才を見せつけていた。両手はしっかりと自身の手ではなく、本来ならば見えざるモノ達の手を握りしめていた。
意識してはいなかったのだろうが、少年は彼等を使役していたのである。

彼は異国の言葉しか話さなかったが、翌日には簡単な会話が出来る程度には言語を理解していた。
恐らく、精霊を経由すれば言語が通じずとも漠然とした意志は伝わるため、迎え入れようとした意志を少年は理解したのだろう、少年は使役した精霊達から言語を学んでいた。

さて、件の少年、グリーンが大城戸の人間となってから8年が経過していた。その間、大城戸家の権威は地を固め磐石となり、後を継ぐグリーンも最早一族随一の能力を備えていた。実力で敵うものは始祖を除いていない。
縁側を暢気に歩きながら人探しをする青年がいる。
ざわめきがグリーンの感覚に伝播する。しかし、縁側の陰より中庭の桜を眺める彼は動こうとしなかった。

「当主の御孫様〜?当主様がお呼びですー。」

間延びしたやる気のない声に応える声はない。しかし、やる気のない声は次第に近くなってきている。別段隠れているわけでもない少年は覚悟した。そろそろ見つかる。
当主の御孫様=cね。
静かに目を閉じ、ざわめきに耳を澄ませた。彼らの心の動きを感じることが、感じていられることが心に落ち着きを与えてくれる。

「ああ、こんなところに…、ご当主様がお呼びですよ。」

障子に体の片側を預け、半身に柔らかい午前の陽気を受けていたが、翳った。男が光を遮っている。伏せた目を開くも、逆光で男の表情は見えない。しかし、グリーンは影の顔であろう部分をしっかりと見上げた。立ち上がると角度は代わり、男の表情が窺えたが想像通りの顔面にグリーンは興味を持つわけもなく、男の横を通り過ぎる。
あの男は、祖父が呼んでいると言っていた。恐らくは一族への依頼。ならば、いる場所は限られている。思案しながら縁側を歩いていると、桜の花弁と戯れていた神獣が駆け寄ってきた。移動するのを悟ったようだ。
周りのざわめきの一つが、グリーンに意志を伝えてきた。それで、グリーンの行く先は確実となった。
表に客人が居る。女と男、親子だ。目の前には祖父である幸成、既に面会して話はついているようだ。意思に揺らぎがない。
果たして此度は、貴族か、帝の親族か。あいつらの裏腹な表情など見飽きている。今更何の感慨もないし、わざわざ拝みに行く気にもならない。

客人は玄関にいた。その程度で済む用件のため、そう思っていたのだがどうやら見当違いだったようだ。

「おお!遅かったのう!」

快活明朗な声をあげた祖父の前には、膝を地につけて座り込んでいる親子がいた。一目で解る、平民だ。衣服は薄汚れ、結ってある髪も乱れている。子供である少年は見た限りグリーンと同じ齢だ。あまり事態に関心がないようである程度の礼儀は見せつつも、それよりも貴族の家の作りに興味があるようで視線が探るように動き、少年の瞳がグリーンを捉え、そして大きく見開かれた。

「表で、座りこんどっての、女性をそのままにしておくわけにもいかんだろう、あげて話しておったんじゃ、」

話し好きのじいさんが聞いても無いことまで話し出す。要は世間体もあるから取り敢えず家にあげたら、息子の面倒を見てくれと頼み込まれたと言うことだった。

「じゃからグリーン、お前がレッドの側にいてやれんか?」

「はあ!?」

思わず声をあらげる。当然だ。背負い込んだ面倒をそのまま背負い込んだ者から丸投げされていい顔をする奴は居ないだろう。

「レッドもほれ、こんなジジイが相手するよりも歳の近い奴がよかろう。」

レッドと呼ばれた少年は依然グリーンに爛々と輝く瞳を向けたままだった。
グリーンは、レッドを盗み見てそんなことはないと伝えることを望んだが生憎レッドの興味はグリーンに注がれていて祖父の言葉など耳に入っていないようだ。寧ろ「はい、そうですね。」と賛同しかねない瞳に辟易する。

「…しゃーねーな、解ったよじいさん。仕方ねーから俺がコイツの面倒を見てやる。」

言葉を発した瞬間から周囲はどよめくが、これも今更である。今更、グリーンの心情に波風たてるようなものではなかった。グリーン自身は至って穏やかであったのだが、周りはそうでもない。グリーンは、精神を研ぎ澄ませ辺りを鎮めていく。周囲が落ち着いたところでグリーンは、レッドという男へ意識を向け「ついてこい」と一言言った。レッドは今生の別れとなるやもしれぬというのに母には一瞥も惜別もせずに駆けてきた。そんな息子を母親である女は目に涙を溜め静かに微笑んでいた。笑顔であるというのに彼女の表情は悲しみのそれであった。

「ねえ、この間はありがとう。」

渡り廊下を歩いていると距離を縮めてきた男が突然話しかけてきた。
この間?
思考に深く潜らずとも答えは簡単にでた。もともとグリーンは他人に干渉をしない。干渉をするのは限られてくるし、平民相手であれば政ではないのは確実、ならばこの間と言える期間で他人に干渉したのは一度のみ、人間が精霊達の領域を踏みにじりそうだったときだ。俺からその時は話しかけ、精霊を男から外し男を領域から遠ざけた。その時の男なんだろう。顔をまじまじと見れば解るのだろうが、その労力を使う気は毛頭無い。

「知らないな。」

「ほら、森で俺を助けてくれた。」

「覚えてない。」

「えぇー…、都への戻り方教えてくれたじゃん。」

「知らねぇ。」

柳に風、暖簾に腕押し、正しく意味の成さない押し問答が繰り返される。これだけ突っぱねていると言うのに、レッドという男、余程鈍いのか粘着質なのか。どちらにせよ、しつこい。

「ほら、ココがお前に貸せる部屋だ。但し奥の間には絶対に入るな。あと、部屋には入って欲しくねえだろうが、元は俺の部屋だ。奥はコレからも使うから通るけど居候は我慢しろ。」

目的の自室に着き、要件のみを伝える。祖父に頼まれてさえいなければ口を利こうとも思わない存在だ。
他の奴が居る空間にいたいとも思わない。伝え終わると足早にグリーンは去って行った。

「ありがとう。グリーンは、やっぱり優しいね。」

レッドのお礼の言葉すら聴かずに。


時は一転し、草木も眠る丑三つ時。都一条に大行列があった。姿は、琵琶、琴、布と様々であったが中には三尺を越えるがしゃ髑髏、馬の頭をした大男などもいる。一目瞭然、鬼の大行列つまりは百鬼夜行と呼ばれるものである。魑魅魍魎の跋扈する空間、ふらりと生きた人間が一条に現れた。

「馬頭の鬼が、人間を襲ったと聞いた。願わくは退治して欲しいそうだ…。目当ての人間は殺せたか?」

百鬼夜行に立ち塞がった男はゆらりと顔をあげた。何も映さない幽かな男こそ、幽鬼のようで、彼こそ不気味であった。
印を結ぶ手を口元に持っていき、静かに男は何かを唱えると紙を解き放つ。

「行け、ウインディ。馬頭を食らえ。」

朱色の美しい毛並みをした大きな獣が突如として現れ、百鬼夜行の列を蹂躙しながら馬頭目掛けた。
骨を砕く音、肉を噛み千切る音を、世界を、ただ傍観した。
傍観した男は、ただ悲しげに目を伏せた。



都から離れた、北東の地で男は血を吐いた。肉も切れ、あらゆる所から血が滲む。地を汚す尋常ではないその量に目の前で跪いていた男も思わず伏せていた顔をあげる。

「いかがなされたのですか。」

苦しげに噎せていたが、男は刻まれた皺をより深いものとし楽しげに喉を震わせた。周りにいた家臣すら思わずたじろぐ。

「私が帝都に放った百鬼夜行が破られた。」

「民から、言葉を寄せられていました。恐らくは、大城戸へ近衛の者が依頼したのでしょう。」

「ほう、」

「当主が老いて、今は跡を継ぐであろうグリーンという少年が主軸となっているようで、」

興味深げに男は眉尻を吊り上げ、どうやら策を巡らしているようだ。指で机をトントンと鳴らしている。
目の前でかしずいていた男が、「殺しましょうか。」等と不穏な言葉を吐くが片手で制した。

「もっと余興は楽しもうじゃないか。そうだ、若き当主様にはまじないを差し上げるとしよう。」

高らかに笑う主人に呆気にとられていた男は、しかし言を理解した後深い笑みを作った。

「頼んだぞ、キョウ。」

「御意に。」

期待と信頼の眼差しを受け、キョウと呼ばれた忍は夜の帳へ姿を消した。






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