口が裂けても言ってやらない。(トキワジム)




「グリーンさん!」

「温泉に!」

「行きましょう!」

「行きますよね!?良かった!」

「そうと決まったら準備、準備!」

アキエ、ヨシノリ、ヤスタカ、サヨ、テンの順に捲し立てられる。俺は反論する余地も与えられず、ただ流されるだけとなった。
我がジムの短所はトレーナーの目的が同様の時に発揮される連携の良さか。
今度から妨害のひとつでも常に用意しておこう。
しかし、ちょうど年度末の飲みの席に困っていたから丁度いい。そう思いはしたが素直に認めるには不服な展開なので絶対口にはしないが。

小型バスをレンタルして少し足を伸ばしたジョウトへいく。ジョウトへ、といっても国が誇る霊峰シロガネ山近くへ行く程度。ヤスタカ達が行きたがったのはワカバ連山にある老舗旅館だ。なんでも男共はうまい飯に、アキエとサヨは露天風呂と温泉の成分につられたようだ。
恐らく、今年の打ち上げは何処だと話題になり誰かが口にした。そして全員で行きたい、無理矢理俺を連行しようという流れだったのだろう。確かに、ジム総ぐるみであれば経費で落とすことも可能だ。
だが、その予算ぶんどりはリーダーの領分。苦労するのは、つまり俺だ。
ゴールドが、確か麓のワカバ出身だったか、アイツは普段から顔を出してくれるから、菓子折でも持ってかせよう。それで俺の苦労はチャラにしてやる。俺超優しい。

「ところで、ヤスタカ君。なんで俺は助手席乗っちゃダメなわけ。」

「一番死亡率高いからです。」

リーダー席代わりませんかと助手席のヨシノリが声をあげるが、ヤスタカが被せる。お前、ヨシノリなら死んでもいいのか。

「でも何で今更尋ねるんです。」

「酔ったから。吐きそう。」

両サイドにいた、俺を人形扱いしていた女二人が一気に間を作る。
普段ポケモンでの移動は、トレーナーとポケモンの呼吸が合っていればなかなか快適なのだ。しかし、今は車でありしかも山道。カーブの多い道は確実に俺を疲弊させていた。

「だろうと思いました。」

そう言うとヤスタカは車を緩やかに停車させ、やたらと手際よく俺を車から抱えだし茂みにつれていった。
吐き気は有るものの、なかなか臨界点には達しない。ヤスタカが蹲る俺の背中を優しくさする。

「お前、何で解ったの…。」

俺が乗り物酔いをしやすいなんて知らない筈だ。現に俺も知らなかった。それなのにコイツは「だろうと思いました。」と宣った。ぐるぐると空回る頭で考えるが、気持ち悪さに思考が霧散する。

「あの旅館、人気なだけあって最近はちゃんと道が整備されてるんですよ。」

それにしては随分と森の中を無理矢理切り開いたような道だったな。

「リーダー普段はピジョットで行かれるので、恐らく乗り物には馴れてないと想定してこの道を選びました。」

ほう、大体の予想がついた。予想通りであれば俺はコイツを殴っても許される内容だ。
聞いてやろうじゃないか。

「ヤスタカ、単純明快に言え。殴ってやる。」

「リーダーの弱った姿見たさです。」

予想通りの返答に振り向き、構えるが目眩には勝てず、力が入らない。
つまりこうだ、本来ならしっかり整備された新しい道路があるにも関わらず、俺の車酔いしている様を拝みたいばかりに運転を自ら進み出てこの危険極まりない山道をルートにしたわけだ。この小手調べ、凶悪だ。

「お前、最悪だな。」

したり顔だったヤスタカに第三者の声が降りかかる。背中を撫でる手が止まった。
チラリと表情を伺えば僅かにひきつった笑みだ。

「ヨシノリ、こいつ殴れ。」

ヤスタカの後ろに立っていた第三者、ヨシノリに言えば爽やかに「了解。」と返ってくる。
素早い動きにもヤスタカは反応し拳を受け止めたが、本命の蹴りには反応できず盛大に小手調べは転倒した。

その後は、ヨシノリが運転を交代し助手席にヤスタカ、俺は最後部座席でテンと一緒に睡眠をとることにした。交代したことで判明したが、ヤスタカはかなり安全運転だったようだ。ヨシノリの運転は上手いのだが、カーブでスピードをさほど落とさないのでかなり振られた。
狭い道なのに落ちるぞと言いたかったが、酔いが再来し言葉は胃液ごと飲み込んだ。横では穏やかに寝ていたテンが頭をぶつけ目を覚まし顔をしかめている。
しかし、舗装された道に出ればあまり気にならなくなり、二人安心して瞼を下ろしたのだった。
当然、二人肩を寄せて寝ている姿をアキエとサヨに写真に収められたなど、この時の俺は知る由もない。

旅館についてから改めて服装を見る。エリートトレーナーは出身地方のトレーナー向けの服をセットで着るほど地元愛のような顕示欲強い奴等ばかりで私服はなかなかお目にかかれない。
サヨテンのカップルは予想していたように、サヨがゆるふわとか言われそうな格好で、テンはカジュアルに決めている。スタンダードな服装だ。
ヤスタカとヨシノリが意外とお洒落なのは気に食わないが、アキエの服装は二人を上回る意外性があった。正直な話、アキエはあまり服装に拘っているようなイメージが無かったのだ。しかし、白のフリルがあしらわれたチュニックにビビッドな七分丈のスキニーの着こなし方は上手い。ただ、合わせるだけでなく、チュニックの丈やスキニーの色、かなり拘っているお陰で体のラインが綺麗に見える。
加えていつもは結い上げられている髪の毛が下ろされているせいか、いつもの溌剌とした印象はなく淑やかな女の子にしか見えない。
でも中はバトルバカだからな。

見た目につられた男は手酷く扱われるんだろう。見たこともない奴に同情するぜ。

「リーダー、アキエばっか見てないでこっちも構ってくださいよー!」

「うん、興味ねえからどっかいってろ」

視界の片隅、妙なポーズを決めているヤスタカとヨシノリには視線を一切やらずに答えるとブーイングが飛んでくる。

「とりあえず、さっさと部屋行くぞ。」

フロントでバカかましていると旅館に迷惑がかかる。言いながら荷物に手を伸ばすと横から伸びた手に奪われた。
見ればヤスタカが誇らしげに荷物を担いでる。基本的に全員荷物はひとつに纏めていたため、ひとつ持てば充分なのだが、ヤスタカは二つ持っている。

「荷物持ち、リーダーにさせるわけないじゃないですか。」

輝かんばかりの笑顔を向けられる。以前から思ってはいたが、どうもこの男は俺にパシられたがる。俺にはコイツの思惑が解らないからすっかり警戒するばかりの受け身になっている。今まで動かないと成長が止まってしまう気がして無理矢理にでも動いていたからどうにも受け身に回ることに慣れない。落ち着かない。

「おーっさっすが、リーダーまさかレディに荷物持ちさせませんよね?」

眉根を潜めているとテンがサヨの荷物を奪い取り押し付けてきた。
今度はヤスタカが眉根を潜める。しかし、「テンお前覚えてろよ…」と言いながらまたも俺から荷物を取り上げる。

「アキエ、」

片手をアキエに伸ばし呼び掛ける。当然だ、トキワジムの女子はサヨだけではない。アキエもだ。

「リーダーの手を煩わせる訳にはいけません。」

ピシャリと姿勢よく言い放つ様はあまり可愛いげがない。しかし、流石エリートトレーナー、荷物は決して軽くはない筈なのに不安げもなくしっかりと立つ様は頼りになる。

「テン。」

凄みを利かせた声でヤスタカが呼ぶとテンがヤスタカを睨んだ後にアキエの荷物を丁寧でありながらも有無を言わせずに取り上げた。
当然と言えば当然だ。
だが、アキエとサヨはともかく男の俺まで荷物がないのは納得いかない。だからと言って、ヤスタカが返せと言ったところで返す男でないことも知っている。
空を仰ぎ、ひとつ溜め息をついた。


部屋に入ると西日が差し込んでいた。部屋が赤く染まっている。なるほど、窓から見える森と海の美しさも売りということか。一人納得していると、早めの夕食を従業員が持ってくる。男女で部屋は分けたが、どうやらアキエ達もこの部屋に来るらしい。全員分の配膳が施される。

「ご飯食べたら温泉行きましょう!サヨ曰く、成分がいいらしいですよ!」

成分がいいらしいですよ!とは、随分と適当で曖昧な表現だ。なんの成分かわからなければ、らしいと伝聞である。…というか、女性のいう成分がいいというのは美肌の効能があるという意味じゃないのか。綺麗になるのが嫌な訳じゃないが、男の俺からすれば大して喜べるような内容でもない。
セールスポイントを間違えたな、ヨシノリ。

「なんで俺がお前等と風呂に入んないとダメな訳。」

乗り気にさせようとしているあたり、どうにも匂う。今回の旅行のプランニングをしてきた奴等だ。何を企んでるかわかったもんじゃない。
簡単に言葉に詰まったヨシノリの肩にヤスタカが手を置く。

「そんなつれない事言ってたら、俺とヨシノリが浴場でばか騒ぎしてジムの恥晒しますよ。」

「お前最悪だな。」

思わずヤスタカを除く3人の声が揃う。
解っている、エリートトレーナーのプライドは高い。普通ならやる筈がないんだ自分の恥を晒すような真似は。だが有言実行、行動力の高さも同時にあるのがエリートトレーナーだ。つまり、
ヤスタカ達ならしかねない。

「…醜態晒せばその場で即時撤退決定な。」

グリーンの渋面での了承に二人は「絶対醜態を晒しません」と返事をしたが、見張るためについていくという意図を汲み取ったらしいヤスタカのみやりぃ!と歓喜の声をあげた。

アキエとサヨが来てから、食事を始める。ついこの間まではジムを一人で経営していたため、「挨拶」という習慣はあまりなく不得手である。しかし、そんなことを言って務まる適当な職についているつもりはない。恐らく、拙いと言うのは部下達にばれてはいるが、祖父の見よう見まねであってもせめてもの見栄をはるのもリーダーの務めであるように思う。

「また、明日からは新年度に入るけど、トキワジムはこのままでいるつもりはない。コレがこのメンバーで食う最後の飯になりたくなきゃしっかり付いてこいよ。以上!」

コレが俺なりの精一杯の甘えであり、挨拶だ。無理矢理座らされた上座というのも悪くない。全員の顔が見渡せる。全員、こちらへ真摯な瞳を向けてくれている。
それが、堪らなく嬉しかった。

乾杯の音頭をとり、食事を始めるがどうやらこの旅館は何もかもが一級品らしい。値段に限って言えば少々張るものの慰安旅行の候補にあげられるレベルであるが、従業員の態度も懇切丁寧で飯は上手い、ロケーションも個室で様々ではあるだろうが良い。加えて未だ入っていない温泉も部下たち曰く良いもののようだ。
折角の料理だ、冷めぬ内に満喫しよう。斜め前の向かい合う二人、ヤスタカとアキエのようにいつもジムで話しているような戦略の話をしていては冷めてしまう。見習うべきはサヨにも取り分けつつ、食事に専念しているテンである。もしくは黙々と食しているヨシノリ。グリーン自身、いざこの二人の会話に入ってしまえば食事を忘れて話し込んでしまうと解っているため、意識してグリーンは食に専念する。うん、この酢味噌良い味を出している。味噌は何を使っているんだろうか。

「ねぇ、リーダー!?」

ヤスタカに突然の同意を求められる。が、無論聞いているわけもなく一瞥だけくれてやり、また視線は食事に戻した。

「えーっリーダーひどい!可愛い部下が話しかけてんのに無視ですか!」

「お前を可愛いと思ったことはない。」

「釣れない!だから、」
「あのなあヤスタカ君?」

話に引きずり込もうとした時点で制止をかける。ここで戦略の話を持ち出されたら確実に噛みつく。

「俺は、折角の、旨い飯を!堪能したいの。オーケー?」

「ひどい、リーダー!俺とご飯どっち大事なんです!」

「飯に決まってんだろ。そう言うことは、小手調べ脱却してから言いやがれ!」

「そんなに気に入ったならまた俺が連れてきますよ!安全なルートで!」

「そういう問題じゃねーよ!!」

ヤスタカが机を叩き、俺が茶碗に箸を叩きつけ口論はヒートアップしていく。端から見ていたヨシノリ等にはまるわかりだったのだが、この口論にもつれ込ませた時点でヤスタカの勝利である。非常に不服なことにヤスタカは目的を達した。
白米が冷め、完全に自身の敗北を悟るまでの所要時間、6分。6分後に、グリーンの機嫌は最下層をさまようことになる。

早めの夕飯も終え、いざ大浴場へとなったときには既にグリーンは冷静さを取り戻していた。当然、これからの事態を警戒して意識して取り戻したものだ。女性陣は存在だけでストッパーとなりえていたが、それは当然入り口まで。暖簾を潜った時には既に臨戦態勢に入っていた。特に脱衣場、ここは服を脱ぐ場所であるため、脱衣時は確実に視界や手足が塞がる。つまり相手に大きなチャンスを与えるわけだ。

「そんなに毛を逆立てないで下さいよ。」

取って食ったりしませんって、なんて!今日は無駄に仕掛けてくるヤスタカからの発言では十割方信頼できない。今の言葉で確信し、ヤスタカとはテンを挟んだ状態で並ぶ。テンであればヤスタカが万が一リアクションを無謀にも起こそうとしても然り気無い妨害工作をしてくれるという信頼の元だ。巻き込まないで下さいよと視線で訴えられているのは無視する。テンは自身が離れていると面倒事は「我関せず」を貫き通す。しかし、近くにいれば、傍観はしない。矛先が自分に向かない程度に阻害する。どちらにも付かないが、俺はアクションは起こさないためアクションを起こし阻害されるのは確実にヤスタカだ。妨害が例え一瞬であっても、その一瞬がどれだけ大事であるか、一瞬で返り討ちに出来るかどうかが別れるのだ。無言で命令とは、どこの暴君であるかと突っ込みを入れたくなるが、まあヤスタカ相手取るのだから仕方ない。

「うわーーーっ!」

さっさと服を脱ぎ捨て肩からタオルをかけたヨシノリが入り口を開け叫んだ。あのやろう、俺様の忠告聞いてたのか。グリーンのねめつける視線を気にすることもなくヨシノリは尚も続ける。

「まさかとは思ってたけど、貸切状態だ!ヤスタカ!はやく来い!!」


「浴場で走るな」と駆けるヨシノリに一喝するものの、ウズウズとした足取りは完全に走る気だ。
続くヤスタカにも念のため警告はしたが、恐らく扉を閉めた瞬間に駆け出すことだろう。今回は、貸切状態と言っていたから多目には見るが、なんとも大人げない。

「リーダー警戒しすぎッス。あいつらも流石に大人ですよ。」

はしゃぐ二人を見送った後、腰にタオルを巻きながらテンが呟くように言ってくる。が、あのはしゃぎっぷりを見てからの言葉ではテンの言葉と言えど説得力にかける。テン自身、俺の視線につられ見た先の光景を想像し自分の発言の信憑性の低さに気づいたのだろう。呆れた眼差しでため息を吐いた。幸か不幸か、あのバカ二人の姿は曇った扉の向こうのため見えはしない。たまに軽快に響き渡る反響音からある程度の想像はつかなくもない。…考えたくもないが。

グリーンもテンに続いて脱衣を完了し、そのまま一緒に大浴場に入場した。腰にタオルを巻くのは、いくら身内のみの貸切状態とはいえ、マナーだと思っているためだ。テンを先に行かせたのは、あの二人が扉近くで待ち伏せするという、奇襲作戦の回避のためだ。流石にこちらは成功率はテンが中立を保っている今は低いため無いだろうけれど、だからと油断すれば足許を掬われる。念には念を、だ。

ぎゃんぎゃんと騒ぎながらも、体を洗わずに入浴等の過度なマナー違反は行っていないようだ。ヤスタカとヨシノリは隣同士に座り何か喚きながら体を洗っている。
俺はそれの一列後ろの、壁一枚隔てた所に腰掛けた。
暫く警戒して顔や頭は洗っていなかったのだが、どうやら俺にちょっかいを出す目的はないようで次第に警戒を緩めていった。なんとなく、一方的に警戒していた自分が恥ずかしい。

一息ついてからお湯を頭から被る。頭をさっさと洗い、体を洗いだした時だ。
曇った鏡にぼやけた輪郭線が新たに写った。…前言撤回だ。
ひょこりと現れた影は然も楽しそうに言う。

「リーダー、お背中流しましょうか?」「断る、お前絶対何かする気だろ。」

「まあまあ、そんなこと言わずに。」

じりじりとにじり寄ってくる部下に、体を洗っている最中だったため、後退はせずに熱湯の入った洗面器を構える。
否定すらしないとは。
部下の動きからも、俺の行動を警戒しているのが伝わってくる。丸見えの腹筋で伝わってくる。くそっ、体できてやがる。いくらこちらが成長過程とはいえ、ヤスタカの鍛えられた体は嫉妬するほどだ。
目の前の男の筋肉に気をとられたタイミングで、背筋に寒気が走った。
人に普段触れることを許さない脇に手を差し入れられる。

「ヤスタカがいたら俺がいること忘れちゃ駄目ですよ。」

持っていた洗面器は俺の手から離れ無様にお湯をぶちまけた。
後ろから恐らくしたり顔でだろう、話しかけてきたのは、敵の弱点を突きたがるヨシノリだ。テンはこのような悪フザケに乗る男ではないため、誰か考えるまでもないのだが。
腕を封じられた挙げ句、椅子に座っていた体を後ろに引き寄せられる。重心が椅子からずれ、下手に動けば無様に転倒するだろう。後ろのヨシノリに体を預けるしかなかった。

「リーダー、やっぱいい筋肉してますね〜。」

目の前で、虎仕留めたり!とでも言いたげな表情を浮かべた男が、無用心に曝されたグリーンの腹を見せつけるかのように撫でる。条件反射でグリーンは筋肉を痙攣させた。反してヤスタカと言えば水を得た魚である。
気にすることもなく、という事はあり得ない。無抵抗にならざるを得ない自身のリーダーの一挙一動を舐めるように観察しながら様々な部位を撫でていく。それにリーダーが過敏に反応するものだからヤスタカは気分を高揚させていく。
泡にまみれるリーダーの肢体は筋肉は男の子らしくついているが、やはり成長過程の少年の体。しなやかで、華奢だ。
華奢な体で、目一杯威嚇している様はまるでチワワのようであった。それがヤスタカの嗜虐心を煽る。
脇を優しく撫で上げると、脇腹に腕を流すと、内腿に触れると、それはそれは大袈裟に体を跳ねさせた。本能的に触れられるのが苦手なのだろう。時折漏れそうになる声が、浴場に小さく響く。
しかし、足の裏を触ると反応が違った。

「ひぎゃっ」

「は?」

先ほどまでは、寧ろ性的であるとすら思えた雰囲気を壊す蛙を潰したような声。
思わず顔をあげ表情を窺い見るがやはり逸らされる。
ああ、つまり、
ヤスタカは心の内でにやつく。

「リーダー、くすぐる攻撃効くんですね。」

リーダーは顔を背けたままである。それをいいことにヤスタカは片足に跨がり、もう片足を腕で固定し、構えた。
苦手なものを苦手であると晒したくないのだろう。特に、自身を車酔いさせるために山道に入り、セクハラをするために少年を二人がかりで押さえに来るような男には。

ヤスタカの指がソフトに、しかし粘着質な動きでグリーンの足の裏を撫で上げた。
リーダーはきつく目を瞑り堪えている様子。
指を往復させる。堪らないと言った様子で、足を振り上げようとした。

「っ、ひゃはは、ひぃっ!ぁ、っだぁ、ひゃっ」

こちょこちょを本格的に指全部すると我慢ならなかったらしい。遂に声をあげる。体をじたばたさせる。
矯声に近い声も時折あげるが、殆ど叫びに近い。普段「クールでカッコいい」彼からすれば、非常に子供らしい可愛さであるが、一瞬見せる色気がチグハグな印象を与える。
なんだか、幼年の子供に年齢に不釣り合いなイヤらしいことをしているような、といってもリーダーは同い年でそういうことに至ってる子は出てきているような齢である。

「やっべ、グリーンさん雄々しかったらどうしようって思ってたけど、安心したー!年相応だ。」

ヨシノリが声をあげた。
リーダーが暴れたために、腰にかけていた布がずり落ちたんだろう。
これはいけない、ヤスタカは密かに考える。ヤスタカの角度からの光景は凄まじかった。身悶えるグリーンの臀部が丸見えなのだ。それはもう可愛い形の前の象徴は勿論のこと、後ろの穴まで丸見えなのだ。
それがマズイと思う。というのもヤスタカは自身のリーダーに向ける感情が尊敬から歪みに歪んで、性行為を夢想する相手として見るようになってしまったのだ。なのに目の前のグリーンはあられもない姿を晒している。
思わず、反応してしまいそうだった。
しかし、気をとり直そうとヤスタカが作った一瞬の隙を、奔放な彼らを統べるほどのグリーンが逃すわけもなかった。

「がっ!?」

唖然とするヨシノリの目の前でヤスタカが後方へ間抜けな声と共に無様に舞った。
舌を噛んだらしいヤスタカは身悶えし、呆気にとられたヨシノリはするりとリーダーの逃亡を許す。

「あ。」

目の前に仁王のように立つグリーンは鬼気迫るものがある。ヨシノリは知らず知らずの内に冷や汗を流す。

「覚悟は出来てるんだろうな?」

言ったリーダーの顔は笑っていた。
次の瞬間、大浴場に断末魔が響いた。


20分後、ドタバタを回避しようと先に脱衣場に退避していたテンと鉢合わせる。

「お前同期の暴走止めろよ。」
「俺に止められるわけないない。」

しれっと返しながら、リーダーの様子を見るが、どうも風呂に入った後と言うより大乱闘をした後と言った方が良さそうだ。あの二人相手だから仕方ないとはいえ、息を殺せずにいる。
そして、「あの二人」は出てこないところを見るとコテンパンにされたのだろう。自業自得である。
リーダーは返せないようで、ムスッと頬を膨らませたままさっさと浴衣を来て脱衣場をあとにした。髪の毛、乾かしたのだろうか。

「キャーーーッ」

暢気に髪の毛を渇かしていると、外から歓声が聞こえてきた。声から察するにサヨとアキエ、我がジムの女性陣だ。勝ち気な彼女達が悲鳴をあげることなんてまずない。それにどちらかと言えば喜色が滲んでいた。つまり、聞いたからといって急ぐに値しないということだ。
テンは、サヨがサラサラして好きだといった髪の毛を乾かし続ける。

そんなテンのリアクションなど知らず、グリーンは早くテンが暖簾を潜ってくることを願っていた。
と言うのも目の前の女性たちの対応に困り果てているためである。鬱陶しいことこの上無いのだが、自身の習性として年上の女性に強く出られないと言うのがある。これは、自覚した所でどうにもならない。

「髪の毛ぺったんこー!」
「ツンツンしてなーい!」

先ほどから俺の髪の毛を撫でまくる二人の手を振り払えない。こんなことなら髪の毛を乾かして来るべきだった。しかも、この女性陣カワイイだなどとのたまう。可愛がられるのは役得と男からすれば言うのかもしれないが、まずもって男が女性に嘗められているのである。好ましいとは思わない。だからと云って年上の女性に口答えすら出来ない自分の性がニクい。

「ったく、リーダー容赦無さすぎッスよ。」

「自業自得だろ。」

テンに冷静な突っ込みを受けながら、ヨシノリが出てくる。風呂なだけあって髪がボサボサだなんてことはないが、痣は出来るだろう。
呆れて出てきた二人をアキエがみやる。興味が移ったため、自然と解放されたグリーンは内心息をついた。

「女湯にも聞こえてきたわよ、何してたのよ。」

「あんなことやそんなこと?」

暫し考え込んでから答えたヨシノリにアキエが絶句する。何を想像したかは知らないが、良くないと言うことは表情からわかる。
アキエが捲し立てそうな所で、もうひとり暖簾をくぐって男が出てくる。トキワジムが一人、ヤスタカだ。

「まあまあ、おかげで可愛いリーダー見れたし。」

「ヤスタカあんた………」

もはやアキエとサヨが、あさってを見ている。というのも、現れたヤスタカの鼻の両穴にはティッシュを丸めたものが詰め込まれていたからだ。それだけの攻撃を食らうようなことをしたと言うことである。アキエとサヨも呆れで閉口する他なかった。

「そんなことより、卓球しましょうよ!」
「お前、反省してねーだろ。」

流石にすかさずグリーンが変わり身の早い部下にツッコミをいれる。
しかし、グリーンは乗った。しかも、ヤスタカとヨシノリを指名し、「負ければ明日の朝食なし」というリスクも作る。
場所は卓球場。やはり、温泉と言えばとみな考えるのだろう。広場の一角に何台か常設してあった。番台に行き道具を借りる。ワンセット勝負、勝ったのはグリーンであった。
普段シングルス専門の彼らがダブルスを仲が良いからといって簡単に対応できないというのも踏まえた上でのワンセット勝負。完全にグリーンのひいたレールを進む羽目となった二人は、グリーンがお見合いを狙った位置に打ったスマッシュの餌食となる。無論、卓球のワンセットは長くない。二人がダブルスの戦い対応する前に決着がついた。

一人涼しげな表情で部屋に先に戻ったグリーンは縁側で息を吐く。
トレーナー達はダブルスの手解きをサヨとテンに受けてまたバトルするようだ。
未だ澄んだ空気で夜空が綺麗に見える。冷えた空気がうまい。
背後で、静かに障子を開ける音がした。誰か、なんて考えるまでもない。こちらの感情に波風立たぬよう来るのはアイツしかいない。

「白湯です。どうぞ。」

「お前はビールなの、ヤスタカ。」

「成人法が適用されるのは保護者の許可ないし後見人が必要な場面でーす。リーダーと言えど、お酒は二十歳からですよ。」

俺が飲みたいわけじゃない。明日の運転どうするんだと問えば、間髪入れずにヨシノリにさせると答えながら栓を開ける。

「それに、あんた絶対俺に運転させないでしょ。」

一口唸ってからヤスタカが付け足した。ふむ、解っているではないかと一人グリーンは感心する。

「何考えてたんですか?」

「なんでもいいだろ。」

はは、つれない。ヤスタカは笑ってまた缶に口をつけた。

一人だった。今までずっと。
同年代の子供がいなかったわけではない。しかし、いつも「オーキドの」とつけられ特別視されていた。
気付けば一人になっていた。誰かと共同で何かをするなんて無かった。旅も一人で、唯一友達と言えそうだったレッドも俺が突き放し競った。レッドは嫌な顔をしないでくれていたが、その関係も俺が崩壊させた。

だから、こんなの初めてだったのだ。

「悪くないでしょ、こういうのも。」


読んだようなタイミングでヤスタカが話しかけてきた。
キモいと言えば「背中で語りすぎだから。」と返される。そんなに分かりやすい背中なんて無いだろうが。

「大勢で騒ぐのも悪かないよ。」

そう言うとヤスタカは残りのビールを一気に煽った。その様子を見ながら自身も倣って白湯を喉に流し込む。
食道を通って、熱が胃へ落ちていくのが心地良い。筋肉が弛緩していくのが解った。
今までずっと一人だった。これからも一人だと思っていた。それでいいと思っていた。けれど、突っぱねたつもりがいつの間にか人がいた。
いつの間にか、周りは騒がしくて、騒がしい奴らは俺の事を大好きだといった。
正直、実感がわかなかった。嬉しいのか悲しいのか不満なのか満足なのか。もしかしたら、彼らの言葉に俺は感動しなかったのかもしれない。それでも、
それでも、言われて、あいつらが笑って、俺の心から何か枷が外れたのは本当だった。

悪くない。

「いいでしょ?」と聞かれて簡単に素直に肯定できるような真っ直ぐな性格なんてしていない。
悪くない、これが今言える精一杯の言葉だった。
ヤスタカの方をみやる。どうかしたのかと彼は笑う。

「なんでもねーよ。」

笑って、見下してやった。
悪くない、なんてそれでも絶対に口にはしてやらないのだ。







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