お名前を(スペレグリ)
剣道をしていると人の気配が解るようになる。
と、いうのも胴着や面は自分の動きを鈍らせ、視界も狭めるから当然のこと。とりわけ、自身のパーソナルスペースの広いグリーンは人一倍気配に敏感であった。
つけられている。
先ほどから後ろを付かず離れずついてくる気配がある。本屋で参考書を探している時だ。
ストーカーなんぞされた経験は今までで有るわけ無かったから過剰になっているわけではない。
静かに各自本に夢中になっているなか、俺自身夢中になりたかったが、どうにも集中妨害だ。
仕方なく、もう撒いてしまおうと棚が細かく置かれている区画に入り込む。慌てて追いかけてくる影を撒こうと細かく曲がる。
流石に、もうついては来れまい。この角を曲がればもう撒ける筈だ。
そうして、一歩を踏み出した途端、不快感が一気に押し寄せた。
自身の空間を侵される感覚。
手を掴み、思い切り引かれる。
まさか、ずっとウジウジとしていた気配にここまで思い切った行動を起こされるとは思っていなかったため、影の思惑通り壁を背中にぶつける羽目になる。
しかし、危害は加える気がないのか、肩を慌てて伸びてきた手が掴んだお陰で大きな音が立つ事態にはならなかった。
「まさか、男とは思わなかったが…何のつもりだストーカー。」
「驚かないんだな、」
驚くわけ無いだろう、あれだけ意識を向けられれば気付く。
大体、俺は女じゃないから襲われても切り返せる自信はあったし、本屋で騒げば不利になるのはストーカーだ。
しかも男はどうやら制服、つまりは学生だった。ストーカーするのに自身の所属を晒すとはバカらしい。
「肩、離せよ。」
押さえ付ける手に非難をあげれば、「あ、ああ、ごめん。」と手を慌ててどけた。
ここで拒絶の意志を見せれば問答無用に腕を捻り、体勢を崩して抑え込んでやったのだが、違った。そして理解した。
「…何のようだよ。」
「え?聞いてくれるの!?」
「制服でストーカーをする奴に負ける気がしないしな。」
「なんだよ、俺強いぜ。」と不貞腐れる目の前の男、ストーカー野郎は俺に用事がある。
しかし、以前に会った覚えがあるわけではないから初対面の男に大した用事があるとは思えない。
「まあいいや、」と仕切り直した男が深呼吸をした。
「俺と、友達から始めないか。」
「友達いないのかよ。」
男前に決めた…らしい表情が歪む。相手は唸るが、要するに友達のいないコイツが本屋で見掛けた同年の男に懇願しているだけだった。
つまり、
取り合う義理はない。
「じゃあな、ぼっち。」
「あ、待てよ!」
踵を返すと慌てたようについてくる。
なんなんだ!友達が欲しいならもっと学力の近い高校の奴に声を掛ければ良いだろう!
「なー、俺の名前はレッド!お前は?」
「うるさい、付いてくんな!」
振り切ろうと歩を速めるが中々しぶとい。後ろで猫のように「なあー、なあー、」としつこく鳴いてついてくる。諦めない。
「うるせーな、グリーンだよ!ついてくんな!」
思わず、振り返り叫ぶように返事をしてしまった。言った途端に後悔する。なんで返事してんだ俺は!
一瞬呆けたレッドという奴は「グリーン、グリーンか」と呟き満面の笑みだ。
舌打ちする。熱くなると冷静でいられなくなる、悪い質だ。
結局、参考書も買えないまま出てきてしまったが、今更こんな気分で買いに戻る気もしなかった。
レッドはその後ついては来なかった。
翌日、部活帰りだが参考書を買い直そうと校門を出たら自転車に跨がったレッドに待ち伏せをされていた。
「一緒帰ろうぜ!グリーン!」