水魚



君は自ら、湖水に足を突っ込んだ。
水魔に魅せられて。
水魔に見てほしくて。

僕は君のとなりにいた。
水魔に見せられた君を見ていた。
ただ、見ているだけだった。

君が溺れていく様を友人でありながらただ見ていた。
したいことをさせればいいと言い訳して。

君は溺れていった。
当然だ、君は水魔じゃない。近くを、自分は自分だと優雅に泳ぐ人魚でもない。

だけど、君は水魔に見て貰おうともがき続ける。
そして君が触れようとしてもヒラリと水魔はかわすさ。人魚は優雅に泳ぎ回るだけ。
君が溺れてることに水魔は気づかない。
君が隠してるせいでもあるけど。

そうやって君は自分を自分で殺していく。

なのに君はもがき続ける。
そうやって湖底に沈んだ体が動かなくなるまでもがくんだろ?

もう、いいんだよ。

水魔は、水の中で君に気付くことはない。気付かれずに君は死んでいくんだ。

ねえ、グリーン?




夢を見た。内容は最悪。
飛び起きたり、ベッドから落ちるなんて展開ならまだ気は紛れたのに体は布団に綺麗に収まったまま。億劫になる寝覚めだ。
二度寝しようにも残念ながら体はもう寝たくないようだ、瞼をおろしても布団を被り直しても意識が遠退くことはない。

起きるか、

寝汗が気持ち悪くてシャワーを浴びに行く。自然と思い出される夢。
倦怠感を重く孕んだ溜め息が漏れ出る。
夢の中で、
夢の中でグリーンは自ら死にに行った。自殺ではない。
欲しいものに手を伸ばして、伸ばして、体力が尽きてそのまま死ぬ夢。何より最悪なのが、その様子を自分が傍観していることだった。
見てるだけで、何もしない。

どうせ夢だと安易に切り捨ても出来ない。
この見殺しにする自分に覚えがあった。


「グリーン、朝何食った?」

年末だからか、仕事が多いらしい。グリーンは最近はジムで寝泊まりしているようだった。
お昼前、ジムへと赴き、手だけ上げて挨拶したグリーンに開口一番問い掛ける。

「栄養ドリンク」

単語で返された言葉に本日何度目か判らない溜め息を吐く。恐らく、精神をすり減らしてるであろうグリーンに聞こえれば逆鱗に触れることになるから、あくまで聞こえないように。机の上に空になったビン三本とシリアルバーのゴミがあるから三食同じ感じだったんだろう。多分寝てもない。

「休憩しなよ」

「駄目だ、終わらなくなる。じいさんの論文も手伝わないとだし。」

挑戦者来るかもだろ。と目もくれずに返答される。
出たよ、手伝わないと発言。呆れてものも言えない。グリーンは博士に求められるととにかく受ける。サントアンヌ号の時もそうだ。旅中の孫にパーティー出席させんなよってのが、最近事実を知った時の感想だが、了承してるのはグリーン。
それにジムの方も、自分が例から漏れててあまり賛同できないが、年末は意外と挑戦者が多いらしい。ひとつの大きな節目として年内に制覇したいと来るらしいのだ。普通、こたつにミカンだろと思うけど。


不意に、溺れていくグリーンが過った。冷たい水の中、沈んでいくグリーンの体。自分を犠牲にしてまで手を伸ばすのに、空回る。

死んでいくグリーンと、傍観する自分の姿が現実とダブる。
ああ、気持ち悪い。夢と同じなんだ。

「グリーンは、さ。」

「………。」

返事はない、言葉を続ける。

「なんで、そんなに博士に見て欲しいの?」

グリーンの手がピタリと止まる。グリーンがチャンピオン戦が終わった後自棄に自嘲して語った事だ。振り向いて見て欲しいのに、俺は背中しか見れないと。
のそりと顔を少しあげたグリーンの前髪から覗く眼は凶悪だ。明らかに、不機嫌を表している。剥き出しの敵意にたじろぐ。だが、後退するのは嫌だし、伝えたいことも伝えられてない。

「だって、グリーン十分凄いのに、別に博士に認められなくたって…」

「バカにしてんのかテメェ。」

地面が唸るような低い声。グリーンが本気で怒ってるときの声だ。

「してない。」

ガタンッ、椅子が一瞬中に浮く音。思い切り胸ぐらを掴まれ、眼前に見開かれた瞳が迫る。

「レッドに俺の何がわかんだよ!言ってみろ、ああ!?」

久々にきいたグリーンの怒号に悔しいことに気圧される。不意に、不安げに見開かれた瞳が揺れた。同時に胸ぐらを掴んでいた腕から力が抜かれる。

「グリーン!?」

バサバサと机に積み上げられていた塔が音を立て崩落していく。
後ろへ傾いたグリーンがなんとか踏ん張りを効かす。

「やっぱ休憩しろよ!」

「哀れか…?こんななってまで……じーさんに見て貰おうとする俺は。」

チャンピオン戦の、あの時のような自嘲した笑み。煮詰まった時の顔。さっきの勢いを保つ体力も残ってないようだ、声すら弱々しい。

「こんな所で休んでる場合じゃないんだよ…」

邪魔すんな。
再び、胸ぐらを掴んだグリーンが殺意をもって言葉を吐く。しかし、同じ行為だというのになんとも印象が違う。さっきの威圧感は蜃気楼だったようにすら感じる。
胸ぐらを放し、机にヨタヨタと戻るグリーンは何とも頼りない。
やっぱり、休憩した方がいい。そうおもい声をかけようとした時、グリーンの体が大きく傾いた。

「グリーン!?」









「体が、ついていかねーんだ。」

そのまま、壁にぶつかりへたれ込んだグリーンは、気絶していた。
慌ててベッドに担ぎ込み、タオルの準備をして戻ってきた頃には既にグリーンは意識が戻っていた。しかし、また無理に動こうとはしない。

「じいさんの、期待に応えたいのに、応えられない。」

かなり、参っているみたいだ。いつもならこの程度の弱みすら吐かないのに。それこそ、チャンピオン戦以来。
汗を拭こうとしたら要らないとゆっくり拒絶を示される。

「出来ない筈ないのに…」

丸椅子を引っ張って、傍らに座った。目もくれないグリーンは、そのまま独り言のような吐露を続ける。

「レッド、さっき聞いたよな。なんでじいさんに拘るか。」

「……。」

「お前には、おばさんがいるけど、俺にはいないんだよ。じいさんが親代わりなんだ、」

なのに、じいさんはお前を見てばかり。
おばさんが、お前に見向きもせずに俺ばっか構ってたら嫌だろ。
確かに、それは自分なら拗ねる環境だ。

「それが、俺の状況だ。」

いっそ、俺が機械だった方が愛されてただろうに。

力無く笑い飛ばした。

「そんな訳ない、」

グリーンがどうやったら癒されるかなんて知らない。だけど、それが違うことは知っている。

「何がだよ、」

「グリーンは愛されてるよ、」

また、力無く笑い飛ばす。グリーンは、有り得ないと口を動かす。声にはなっていなかった。けれど、グリーンがいくら否定しても、いくら信じなくても、

グリーンは、愛されている。

「最近さ、博士に資料見せて貰いに研究所いってんだけど、博士グリーンの話しかしないんだ。」

最初は、久々に帰った時に俺が話振ったんだけど、凄い嬉しそうにさ。こっちはポケモンを知りにいってんのにお構い無し。

「二人とも愛情見せる所おかしいよ。」

俺にアピールしたってね。小さく、深刻ではない事のように笑う。
そう、本当に。
もっと相手に見せれば良いのに。

「いいのかな、」

天井を眺めていたグリーンが、ポツリと呟いた。

「休憩しても、いいのかな。」

まるで、ソレが罪であるかのように。赦しを乞う信者のように、絞り出した声だった。

「やめる、って気はないんだね。」

今の言葉で、グリーンの意志が全て伝わった。
彼は、水中でもがきすぎて地上ではもう居場所が無くなってしまったんだ。
だから、いや、そうじゃなくても彼はもがき続ける。其れが命運であるかのように。
だったら俺は、

「いいんじゃない?」

博士はお前の努力、ちゃんと見てるよ。
言いながら、グリーンの目にかかった前髪をはらう。パサリといくと思ったそれは、案外しっとりとしていた。

「っふ、………ひっ、」

鼻をすする音、嗚咽を堪える音。
グリーンは、涙を流すまいと堪えていた。
泣いても良いのに。そう思いながら頭を撫でる。すると、さっきまで微塵も動けない風だったグリーンの腕が伸び、胸ぐらを掴まれる。そのまま引き寄せられ慌ててベッドに手をついた。

「ぐす、っひ、…ふぅ、」

耳元で間の短くなった嗚咽が聞こえる。
片手で頭を抱き寄せ、髪をとくように触る。その途端、耐えきれなくなったようにグリーンは声をあげて泣いた。
初めて、グリーンが泣くのを見た。







いいんだ。

君は、苦しむ必要はない。

君は、呼吸できない中でもがく必要はない。
だから、もがき続ける君を僕は引き揚げた。君が、望まないと知っていながら。





どうせ君はまた溺れに行くから。




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