White Blood 2




念仏を唱える坊主の後ろ姿を静かに眺める。
俺には生憎念仏の内容が解るような教養はないし、また欲しいとも思わない。神仏を信じない俺からすればお経なんてただの催眠術と変わらないのだ。だから、寝てしまわないよう、棺桶に眠る彼の男は生前何を思っていたか考える。






オーキド・グリーンから電話が入った。ヒビキにも教えてないから情報がどこから漏れたか解らないが緊急の呼び出しらしい。

「何のようだ、不摂生。」

文句を垂れると片眉をピクリとトレーナーがあげたが何も言われなかった。

「お前、出身トキワらしいじゃん。」

「どこでソレを……」

それこそ、誰にも教えてない情報だ。知っているのは、父親かロケット団幹部の二人くらい、今の交友関係だと誰も知らない情報。
足を組み直したオーキド・グリーンが「どうだ?」と言ってきた。何をだ。

「お前トキワのジムリーダーなんねぇ?」

「は?」

「トキワに縁のある奴について欲しいんだよ、地域性も大事だしな。そこでお前トキワ出身って言うじゃん?」

ペラペラと話を続けるオーキド・グリーンの話についていけない。
なんでお前は退任前提で話をしてるんだ。それすら聞きたくても間髪入れずに話してくるため突っ込めない。お喋りだ。

「リーダー、あなたのご病気から言わないと。」

ついていけず、マシンガントークに口を開ける羽目になっている俺にトレーナーが助け船を出す。
「あ、そっか」と手のひらに拳をあてる仕草をする。

「俺白血病なんだわ。」

「は?」

開いていた口が塞がらない。
しかし、病気は本当らしく次々と引き継ぎの書類が机上に並べられていく。
トレーナー達は平然としていたが、接点の無い俺をわざわざ騙すメリットなんてこいつらには無いから、本当なのだろうが、いくら本当だという証拠を見せつけられようと信じがたいことにはかわりない。
トレーナーが片眉あげたのはそういうことか、

「……そいつらじゃダメなのか。」

後ろに控えているトレーナー達をみやると気まずそうに視線を逸らされた。

「だめ。コイツ等全員俺に勝てなかったもん。」

「もんじゃねーよ、ソレを言うなら俺もお前に勝てないぞ。」

悔しいが、そうなのだ。ワタルにも勝てない俺がオーキド・グリーンに勝てるわけがない。ああ、個人情報を漏らしたのはワタルか。以前、ポケギアをふんだくられ連絡先を無理矢理交換させられた。

「それでもまだお前は強くなるし、理性的な戦い方出来るだろ?」

「俺を推薦したのは誰だ……」

まだのびしろがある、そう言われたのは嬉しかったが正直それどころではなくあまり喜べない。俺をどうしても後任に仕立てあげたいらしいトキワのジムリーダー様の意見はこの際流す、そして尋ねた。彼の折れない心より、俺に矛先を向けた奴をとりあえずは殴っておきたい。

「あぁ、ゴールドとワタルだよ。」

「! ゴールドに後任頼めよ!!」

なぜ、ゴールドに頼まない!アイツの方が人当たりはいいし、俺より強いだろう!?
適任。
思いがけない人物の登場にそう思って捲し立てたのだが、オーキド・グリーンは首を横に振った。

「アイツ、学べる戦い方出来ないだろ。」

頭を抱えた。
確かに、ああアイツはロマン技ばかりだし力任せだ。戦略もろとも壊すアイツだ、戦略だてた戦いなんて出来ない。そして多分全力で相手を負かすのだろう。少しの抵抗も許さずに。
それではジムは確かに成り立たない。

「考えさせてくれ……」

「あ、ちなみに余命4ヶ月だから1ヶ月後迄には決めといてくれよ。」

頭を抱えた。一番本人が軽い。答えを先延ばしにすることが精一杯だった。さっさと仮眠室と書かれた扉の向こうへオーキド・グリーンは消えていった。残ったのはジムトレーナーと俺だけで、接点もあったもんじゃないから帰ろうと席をたつと、さっき補足を促した男が後ろから声を向けてきた。

「俺達がサポートするから早く慣れるために明日も来てくれよ。」

「承諾前提にするな。」

振り向き様に返事をすると、男は困ったように眉を下げた。

「その、なんだ、………お前等は悲しくないのか」
「悲しいよ」

言い終わるのが早かったか、言い出すのが速かったか。男の表情が一瞬にして険しくなる。
夜のシンと静まり返った空間に繊細さが加わる。繊細、ではない。これは、緊迫だ。あとすこし、触れてしまえば壊れてしまうような、

「悲しいし、悔しいさ。でも」

笑うと決めたのはリーダーなんだ。

俺達がウジウジしてられないだろ?と眉間に皺を寄せて笑う男を心底理解出来なかった。
死んで欲しくないならみっともなくしがみつくもんじゃないのか。周りはジトジトとした空気を持つものじゃないのか。今まで、大切なものを失うと言うときにこんなに笑っているやつ見たこと無い。全てが完璧だと感じていた父ですら、疲れきった顔をして消えたと言うのに。
死とは、そんなに笑っていられるものなのか、ならば、

死も悪くないもののような気がしてきた。







「おっ、来てくれたのか!」

翌日、俺を見た途端顔を明るくし、駆け寄ってくるオーキド・グリーンに若干引いた。駆け寄るだけなら良いのにまさかのハグである。
年下とはいえ、男同士に!というか厚かましい!
そうは思うが、これが死に行く人間の体温だと考えるとその抱擁を無理矢理やめさせる事は出来ない。

「離れろ!まだ決めた訳じゃないからな!」

「それでも嬉しいぜ!ありがとよ!」

頭をわしゃわしゃと掻き回される。女みたいに時間をかけたわけではないが、一応整えていたのに。
それにしても、コイツは相当好かれる奴のようだ。コイツが喜んだ途端、周りも嬉しそうにする。コイツの感情でジムが満ちてるみたいだ。

「シルバー、今日は好き勝手していいからな!他は朝礼するからボチボチ集まれー。」

好き勝手等と言われても、ジムの仕事の見学に来ただけで何も考えてはいなかった。ぼんやりと朝礼を聞き流す。受けるにしても断るにしても仕事を知らなければと判断してだったのだが、壁一面張り巡らされている色とりどりのポスターはなんだ。……ふむ、ジム無制限開放の告知のようだ。悪趣味だな。海パン姿から始まり、居眠りしていたり、酷いものはアイドルのかっこをした写真だ。全くバトルと関係ない。というかやけにピッタリだがアイドルのカッコのは流石にコラージュだよな?

「じゃあ今日からバトルしまくりだから、お前等よりポケモン気遣うように、以上!」

鬼だと非難を受けながらさっさとリーダー席へと腰を降ろすオーキド・グリーンから目を外すとヤスタカ、とかいう男がパイプ椅子片手ににこりと笑った。

「ジムの備品は好きに使ってくれよ、見やすいところに座っときな」

リーダーの勝負は勉強になるけど、俺等も負けてないから、
ペットと飼い主は似ると言うが、彼らはペットでこそないものの浮かべられた挑発的笑みなどはとてもよく似ていた。

ジムを開放した途端に人の波。見物客はもちろん、大量のトレーナー、オーキド・グリーンのカリスマ性を思い知らされる。だが、肝心のリーダーに辿り着くやつなんて巧妙にトレーナーを避けた奴か、なんとか勝った奴、顔パスの奴ら位だった。なんとか勝った奴も片手で足りるほど、流石トキワジム。要領良く、圧倒的に倒していく。挑発的な笑みも伊達じゃない。顔パスと言うのも、ワタルや、カスミ。普段戦えない奴らがここぞとばかりに来て、トレーナーと戦うまでも無い奴らだ。因みにゴールドは門前払いである。

だが、ふとサヨをオーキド・グリーンが呼び寄せた。そしてサヨが声を張り上げる。

「今日はここまででーす!明日もやっているのでまた来てください!なお、……」

サヨは手際よく明日の説明を始めていたが、リーダー席に既にオーキド・グリーンの姿は見えない。
トレーナーの出来る仕事には興味が持てずオーキド・グリーンが消えたであろう奥へ向かう。
奥は、騒がしかった。下がったのは実質三人、オーキド・グリーン、アキエ、ヤスタカ。にも関わらずドタドタと足音が煩い。

「げほっ、ごほっ…」

喉に突っかかりながら咳き込む声、そのあとのビチャビチャという音。
ソファに凭れることも出来ず、倒れ込んだオーキド・グリーンが盛大に嘔吐していた。血の割合が多く感じるが、白血球が多いらしくピンクがかっていて本当に血なのか良く解らない。

「リーダー!」

コップを片手に背中を擦るアキエや、薬やタオルを引っ付かんで駆け回るヤスタカ。ヤスタカが俺を見ると丁度良いと言わんばかりに持っていたものを押し付け、オーキド・グリーンを抱えあげた。垂れる土色の腕が心許ない。

表が落ち着いたのか、慌てて残りのトレーナーも駆け込んできた。バトルでは見ないような焦ったような、泣きそうな、そんな顔で主の状態を聞かれる。子が車に轢かれたときいた親は丁度こんな感じなのだろう。

驚くことに、開放期間ずっとこの繰り返しだったのだ。ドクターストップをかけられた日もあったが、後は限界まで戦い続けていた。おくびにも出さず、病なんて知っていなければ解らないほどに。
オーキド・グリーンの表情はとても楽しそうだった。
楽しそうに嬉しそうにバトルを繰り返していた。負けたときは更に嬉しそうに「お前みたいなトレーナーを送り出せるのは誇りだ」と喜んでいた。
俺は、あんな奴に絆されてしまったのか、開放最終日、引き継ぎを了承した。この時にはジムの流れもリーダーの仕事も大体把握していた。
そしてバカみたいに喜ぶオーキド・グリーンが提案をひとつ。

「慰安旅行付いてこいよ!」

作戦でも練っていたのかと疑いたくなるほどの手際の良さで、断る間もなく行く手筈を済まされイッシュまで連れ回されることになる。しかもオーキド・グリーンの家族までいるせいで気まずさが異常だった。

しかし、雰囲気と言えば本当にただの慰安旅行、いや俺は行ったことはないが修学旅行がこんな雰囲気なのだろう。医者も付きっきりではあったし、一日中伏していた日もあったが、本当に全員楽しんでいた。見たことの無いポケモンを見ては祖父と騒ぎ、夜は枕投げを本気でして、とても命が差し迫っているようではなかった。確実に体調の優れない頻度はあがっていっていたが、今を楽しんでいた。

オーキド・グリーンの最後の言葉は「俺、楽しかったぜ!」だった。
とても笑顔で、周りもみんな笑顔で、俺も笑顔だった。
流石に、限界だと止められ最後はマサラで迎えた最後、
彼は幸せそうに終わっていった。









外にはマスコミが控えているが、プライベートで交流が有ったもののみで行われた葬儀で、ジムトレーナーは一切涙を流さなかった。ナナミさんは晴れやかな表情のまま涙を流し、祖父は寂しそうにしていた。ワタルなんて何故か不甲斐ないと嘆いているし、ハナダジムリーダーは怒りながら号泣。
けれど、彼の、オーキド・グリーンのジム関係者はただ、前を見据えていた。いつもと違う黒服ではあるが、ジムでバトルをしているときの表情で、オーキド・グリーンも誇り高いだろう。
自身をそんなに誇って貰っているのだから。
まだまだ俺は未熟だが、お前の看板を背負ってスグに立てるようになってやるからな、冥土で待っとけ。

献花の時、声をあげて泣いていた奴の順がやって来た。レッドだ。ゴールドから知らされたようだ。自身からは伝えられなかったらしい。
母親に支えられて力の抜けた足を動かしている。しかし、もう泣いてはいなかった。

「グリーンのバカヤロウ。」

レッドの響きは会場に一瞬にして伝わる。
しかし、誰も彼を咎めることはしない。レッドの掌が冷たくなったオーキド・グリーンの頬を優しく撫でた。

俺の順が回ってくる。
後任として、俺は誇らしく思うぞ。父からオーキド・グリーンへ、そして俺へと明け渡された座は俺の強さの証だ。
桐で出来た棺を覗き込むと、オーキド・グリーンが、いた。花に囲まれて、幸せそうに、安らかに。
それを俺は「幸せ者め」と一言、笑ってやった。





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