White Blood 1



備品を買い出しに行っていた時だ。不意に視界からリーダーが外れたので振り向いた。

「、リーダー!?」

リーダーは、鼻血を出して倒れていた。






急いで病院に運び込まれたリーダーに、野次馬が何事かと食いついたためマスコミまですぐに嗅ぎ付けて病院にたむろしている。
しかもリーダーのお祖父さん、つまりオーキド博士やお姉さんが呼ばれて、原因が知らされてない俺は混乱するばかり。

「ヤスタカ君、よね…?」

リーダーのお姉さんが待機してた俺を診断室に招き入れる。優しい笑みだった。だが、瞳は何も映さず真っ黒に染まっていた。
医師が告げる。

「白血病です。」

病名を端的に伝えられた。
あまりにも有名な病気だ。一昔前にはヒロインが白血病にかかる映画が流行した気がする。
映画では、ヒロインは助からない。恋も儚く終わっていった。
現にいまだ白血病は「血液の癌」と呼ばれる病で確実な治療法はない。形態は様々だが死ぬ病だ。しかも白血球の働きが過剰になったりしてバランスが崩れ抵抗力が低下し他の病を呼ぶ。

「オーキド博士、マスコミへの対応は、」

「栄養失調、だっ!」

オーキド博士が口を開いたとき、違うところから声が聞こえてきた。リーダーだ。
リーダーが、息も荒いまま壁に頼って立っていた。顔も土色だ。

「じゃが、グリーン」

「栄養失調だ!」

あんなリーダーの目は始めてみた。見てしまえば竦み上がってしまうような瞳、今にも噛み殺さんとするような殺気だった目。

「おじいちゃん、」

ナナミが困り果てた博士に追い討ちをかけ、妥協させた。

「ドクター、すまんが、事実は伏せてくれ、」

「解りました、一度、ご家族でよく相談されてください。」

一通りの説明をされた後、リーダーと家族は帰っていった。
話の通り世間にはマスコミを通して栄養失調だと報道され、散々な事を言われていた。不摂生だの、若者の偏食だの不良だなんだ、好き放題である。

明日のジムは休みかな、

そう思ってゆるゆると眠りにつく。夢の中でも医者の言葉が頭の中をリフレインしている。
──もって余命4ヶ月でしょう、──

寝起きは最悪だった。
そしてリーダーのいないだろうジムにダラダラと向かった。

「おせーぞヤスタカ!」

いつもの朝礼1分前に到着した俺に叱責する声が飛んできて目を剥いた。
リーダーが、いる。
いつもと変わらない、夢、
そうか、あれは夢なのか。

「で、今日はお前等に言わなきゃなんねーことがあんだ。」

俺、4ヶ月後多分死ぬわ。

随分とあっさりした宣告に夢じゃなかったというのに未だ夢心地。夢じゃなかったのに、夢だった。

「白血病らしくてさ、昨日じいさん達と話し合った、つーか説得したんだけど、抗生物質は飲みません!異論は認めねぇ!!」

あまりの事に普段リーダーに流されないヨシノリすら黙る始末。
本当、どういうつもりだ。抗生物質も飲まない?そんなに早死にしたいのかこの人は。

「朝礼は、冗談の為にはありませんよ、リーダー。」

「嘘じゃねーよ。まあ、ヤスタカ君が証人だよ。」

アキエの静かな声に、いつものようにおちゃらけた口調で返しすんなりと矛先を俺に向けてきやがる。顔を下げていたアキエが勢いよくこちらを向いた。すがるような顔だった。望んでいる顔だった。望みを知っているが、それは真実にはなりえない。

「昨日、買い出しの途中倒れて、判明したんだ。リーダーは、白血病だ。」

「本当、なんですか。」

「俺どんだけ信用されてねーの。」

ヘラヘラとリーダーは言っていた。しかし、次の途端アキエが号泣しだす。ボタボタ涙を溢す。喉をしゃくりあげてボロボロと。次第に声をあげて、アキエが泣き出す。
「リーダー、リーダー、グリーンさん、」
アキエが「いなくなっちゃうんですか、」
そういった途端にようやく事態を理解した。飲み込んだ。現実だと認識した。
一番事態を早く現実だと認識したのはアキエだったようだ。次々と泣き出す。テンとサヨも支え合いながら泣き出し、ヨシノリは力無くその場に座り込んでしまった。
俺は、嗚咽を飲み込んだ。
想像した以上だったんだろう、オロオロとして「泣くなよお前等」と言っているリーダーに半ば叫んだ。

「リーダー!!!!」

「今度は何だ!」

「俺と、勝負してください。」

リーダーに勝ち越しさせる気なんてない、俺が師と仰いだ少年に構える。
俺の中で、最強で、最高のトレーナーは、アナタなんですよ。

グリーンさん。







結果は予想していたが見事惨敗。清々しいほどに負けてしまった。
周りのヤジもヤジで「私達を置いてくリーダーなんてやっつけちまえー!」などと散々である。さすがのリーダーも苦笑していた。そしてヤジを飛ばしていた奴等も全員挑んだが全員見事返り討ち。
やはり、リーダーは強かった。

「おーい、朝礼の続きすんぞー。」

息をあげてる俺達に対し、涼しげな顔で告げてくるのがなんとも憎らしい。

「お前等勝ったら次期リーダーにしようと思ってたんだけどよ、」

ニヤニヤと、憎まれ口とポケモンだけは一人前なんだからこの人は。
しかし、それは勝たなくて良かった。正直今まで同僚だったコイツラはライバルであって、ついていく存在には収まれない。この中の誰かが?と訝しんだまま、同僚の顔を見る。他の奴等も同じだったようで全員嫌な顔で見合わせた。

「だーれも勝てなかったからな、まずは後任探すぞ。そんでその後はバッジ制限無しでどのトレーナーも3ヶ月全部相手する。んで、そのあとお前等連れて旅行行くからな!」

「リーダーの奢りですか!?」

アキエが飛び付いた。どうやら吹っ切れたのか、先の冗談めいた口調を根に持っているのか。……前者だろう。顔がマジだ。集る気だ。年下相手に。

「関東最強リーダーの財力なめんなよ!奢りに決まってんだろ!」

テンとサヨが歓声をあげた。
コイツ等の変わり身の早さに心底感心していると、ふとアキエがリーダーに質問を投げ掛けた。

「…でもなんでリーダー抗生物質飲まないんですか?」

ソレは気になっていたことだ。

「あー、俺禿げたくねぇもん。」

………は?
は?
え?リーダーはハゲと命を天秤にかけて命の方が軽かった?え?どういうことだ?
全員の侮蔑の眼差しがリーダーに集まる。

「白血病って、助かる可能性低いんだろ?だったら余生を病院で苦しみながら過ごすより、楽しんで死んでいきてぇしな。」

簡単に「死」というワードを口にするリーダーになんと言えば良いのか解らなくなる。リーダーが口にする度現実味が薄れていく。
リーダーの選択肢は有意義な気がした。病院に拘束されて死んでいくより、笑って死んでいきたい。ああ、楽しそうだ。楽しそうなリーダーの笑顔が浮かんでくる。

「それに、俺は最後までクールでカッコいいカントー最強のトキワのジムリーダー様でありたいんだよ。」

にやり、挑発的な笑みを浮かべる。
そのあとに「あ、お前等の為じゃねーかんな、」と付け足した。
最後まで憧れの的で有り続けたい。
それが、我等が敬愛するグリーンさんの望みだった。俺は、それを拒否する理由を持ち合わせていない。出来れば生きて欲しいと願わずにはいられないけれど。




「ひっ、ふぐ……う、」

控え室に戻った時、丁度ヨシノリがロッカーに拳を叩きつけた。そういえば、途中から居なかったことに気づく。
そうだ、バトルの時にいくら平静を装っていても、ツラいものはツラい。ヨシノリだってリーダーのもとで学びたくてジムの門を叩いたのだ。

辛くないわけが、ない。

かける言葉が見つからず、掛けるべきとも思えなくて、俺は静かに扉を閉めた。

「なんで、俺じゃ無かったんだろうな……」

ヨシノリだって解っている。そんなの馬鹿げた問だと。答えなんてない、病気のグリーンさんに対して為す術のないやるせなさからくる独り言だ。
放って身支度をしていたが、隣でロッカーを開けたときに名前を呼ばれた。

「リーダーを笑って見送りするぞ…」

「………わかってるっつの」

リーダーは最後まで彼らしく君臨し終わることを望んだ。ならば、慕いついてきた俺達はリーダーの望む終わりに花添えするだけ。
控え室の扉が静かにノックされる。

「お前等戻ったとこわりぃけど、朝会終わってねーから。」

おっと、リーダーか。
何ですかと答えながらチラリとヨシノリをみやる。ヨシノリは、憮然としていた。
リーダーに続いて2人で表へ戻ると、リーダーが倉庫からホワイトボードを引っ張り出してきた。引っ張り出すという表現そのまんま、あらゆる物に引っ掛かってる。たしかに作戦解説とか最初くらいで、あまりホワイトボードが使われていなかったのもあるが、あ、モップの山崩れた。

「………今日の予定書くから、これ見て動け。」

モップの山をついに無視して朝会を始めるリーダー。
口で軽い説明を交えながらホワイトボードに書かれた内容は午前はジム内清掃、午後は挑戦者無制限迎え入れの告知作り、夕方に後任探しらしい。後任探しはありとあらゆるコネというコネを使えと言われたが、リーダーになれそうな奴とのコネクトなんて、正直一番あるのはリーダーだと思うが。

「ピジョット、かぜおこし」

倒れていたモップをみんなに配当してぼんやりしていた時、リーダーが不意にピジョットを出して命令した。唐突すぎる。やばい。
かぜおこしなんてひこう最弱ワザと思ってる方々に言おう。トキワ周辺のポッポさんとチャンピオンロードを越え、四天王を超越し、果てはチャンピオンにまでなったリーダーのピジョットだぞ?かぜおこしといえ、ポッポの竜巻より威力は遥かに高い。
天井に向かって放たれたそれに天井も頑丈に出来ている筈が軋んだ。音が聞こえたわけではない。ジムが揺れたんだ、流石リーダー。だが、前もって言うくらいしてくれ。
床近辺はそよ風程度だったのがせめてもの救い。
しかし、全員が床に突っ伏したのは間違いだった。

「天井の埃落としたし、じゃ、俺出掛けてくる。」

そういうとそのままピジョットに跨がってリーダーは空へと消えてった。









「よぉ、幽霊じゃねーみたいだな。」

誰だと勢いよく振り向くと、懐かしいウニ頭がくすんだ世界にあった。
グリーンだ。
なぜココに。そう思っていると勝手に話し出す。おしゃべりも変わらないな、懐かしい。どうやら先日きたゴールドから聞いたらしい。一人納得しているとボールを突き出された。

「目があったら勝負のサイン、だろ?」

挑発的な口角も顕在だったか。
負けじとニヤリと笑い返しボールを構える。









僕が、勝った。
相変わらずグリーンとのバトルは白熱した。レベルは僕より10位低いのに、それでもギリギリの闘い、まさかグリーンが来るとは思ってなかったけど、また来て欲しいと思う。また来てまた、バトルが、したい。

「やっぱお前強いな、あー…、勝ちたかったなぁ」

変わらない灰色の空を変わらない幼馴染みが見ながら、ふと呟いた。
僕も、グリーンに負けたくない。戦略では毎度舌を巻かされてるし。

「お前山降りる予定とかあんの?ま、お前と闘えて良かったよ。そんじゃ、バイビー!」

無いとしか告げる暇を与えられない。マシンガントークを終えて、旅中のようにさっさと帰っていくグリーンの背中に「またバトルしような!」と叫んだ。
レッドは、その言葉がグリーン唯一の心残りになる事を知る由など無い。








何だよ、コレ。
夕方頃帰ってきたリーダーにざまあみろと思う。掃除も全て投げ出した罰だ。
リーダーの手にはアイドル顔負けのチラシが握られている。逃亡したリーダーに当て付けとばかりにチラシ作りに力を入れたのだ。正直バトル関連とは思えない出来ばかりだが、バリエーション豊富なソレに印刷されたリーダーは隠し撮りから取材時の写真まで持ち寄って厳選したから可愛いし、カッコいい。

多分、もう逃げ出さないだろう。
リーダーの顔を見れば一目瞭然だった。






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