美大生グリーン11(終)
二人の少年が笑顔で手を繋いでいる。
固く恋人繋ぎのソレは彼らが恋人ではなく友達の印。
二人の少年がキャンバスで笑っている。
恋人の様に寄り添い合う姿は決してそんな関係を示してはいない。
遠くで俺達が少年を見ていた。
いろんな事を知って、あの頃の様に笑うことはもう出来ない。
あの時の世界は眩しかった。
だけど今がくすんでいるわけでもない。
「あれ?出品票。」
女が床に落ちていた紙を拾い上げる。無くさないように皆既にキャンバスに貼っていたから糊が剥がれて落ちたのだろう。
女は出品票を拾い上げると持ち主の机へと置いて去っていった。
ジャンル 油彩 F80号
氏名 オーキド・グリーン
タイトル 「無垢」
ずっとグリーンが好きだ。
幼馴染みからの告白は随分とあっさりしていた。
「あーあ、言っちゃったな俺。今凄い後悔してる。」
吹っ切れた笑顔のままで、レッドはいる。次にアクションを起こすでもなく。ああ、俺が聞くって言ったからリアクション待ちなのか。
予想していた内容は二つあった。告白と、嫌いだから同居はもう出来ないの二択。そのひとつが当たった訳だ。
嫌な方にならなかっただけ良いが、俺は返答に困る。
レッドは好きだ。
だが、
「お前の事そんな風に見たことない。」
「知ってるよ、」
未だにレッドは笑顔のまま。
あ、
なんでレッドがずっと笑顔なのか解った。レッドは、
「気持ち悪くないの?」
頬杖を突いて、レッドが訊いてくる。
ああ、この笑顔は、
拒絶されるのを待ってる。
拒絶されても傷付いたのを俺に見せないために笑ってるんだ。
コイツの優しさだが、今は物凄くイラついた。俺が、レッドに告白されて、それだけでレッドを拒絶するとでも思ってるのか。俺達はそんなに薄っぺらい関係だったのか。そもそもその程度の関係なら同居なんてする訳ねーよ。高一の時、ハブられたし他にも色々されたような俺が、その程度の奴と住むわけがない。
だって、お前、俺がハブられたの知ってるんだろ。よく俺を見る目が見透かしてるように細められて、誤魔化しているのがバレているようで嫌だったけどお前は流されてくれた。
頑張ったねと、慰めるように頭を撫でてくれた。
俺はいつも払い除けて怒った風にしていたが、いつも励まされていた。
隣にレッドがいてくれたから、頑張れたんだ。
「俺、出てくよ。」
別居した方が良いだろ?
勝手に決めて、勝手に席をたつレッド。
「俺が、いつレッドを拒絶したんだよ」
真っ直ぐレッドを見ていた筈なのに、いつの間にか視線が下がっていて自分の足を見つめていた。
顔があげられない、自分の激情を直視する自信がない。
「グリーンは優しいから、誰も拒絶しないだろ。いつも無理して受け入れてる。」
「お前からする俺ってそんな奴かよ」
レッドは背を向けたまま振り直らない。
俺は必死に激情から目を背ける。
「俺は、いつもレッドに助けられてた。…いつも傍に居てくれた、そんな奴に告白されて気味悪がるような奴に見えんのか。」
激情の波が押し寄せてくる。
この感情をなんと形容するか俺は知らない。レッドにそんな奴と思われてた事は悲しいし、レッドが俺を好きだと言ってくれたのはとても嬉しい。だからといってレッドに俺も同じ感情を抱いているわけではないし、嫌いなわけでもない。
「レッドを、恋愛対象として見たことはねーよ、でも、俺は、」
最後、一番伝えたいことを言おうとしたときに目から涙が溢れてこぼれる。
一度溢れると開き直ったようにボロボロと涙が落ちていって、止めたいという意思を無視していった。
ああ、どうしよう。伝えたいのに、伝えないといけないのに。
溢れる涙についには嗚咽まで溢れてしまって言葉を続けられない。
頑張って拭っても、赤くなるほど拭っても溢れ続ける涙に焦りばかりが募る。
焦ってはダメだとわかっているのに逸る心は抑えられない。
「グリーン、ありがとう。」
自分の紅潮した頬よりも冷たい手がそっと触れた。添えられ、顔をあげられるとそのまま優しく涙を掬われる。
そうしてクリアになった水の幕の向こうにレッドを捉える。
レッドは静かに泣いていた。静かに止めどなく流れる涙も拭わずに綺麗に微笑んでいた。
さっきの自身を卑下するような、諦めたような取り繕った表情とは違う綺麗な微笑み。
とても優しい笑みだった。
「俺、レッドの事好きなんだよ、お前の気持ちとは違うけど、好きなんだ…!」
「うん、」
「だから、離れてくなんて言うなよ…!レッドがいたから、俺、」
「うん、」
レッドに抱き寄せられる。温かさが心地よくて、俺の全てが許されてるようで、レッドも許されてるようで、涙は余計に零れていく。目から溢れさせる度にレッドの服に吸い込まれていった。
融け合うような感覚に、心にいつの間にか空いていた穴が満たされていくように感じた。
あ、コレが幸せって言うんだ。
実感したら余計幸せに思えて、感情が涙になって顕れる。レッドの抱き締める力に顕れる。
二人の少年が笑顔で手を繋いでいる。
固く恋人繋ぎのソレは彼らが恋人ではなく友達の印。
二人の少年がキャンバスで笑っている。
恋人の様に寄り添い合う姿は決してそんな関係を示してはいない。
遠くで俺達が少年を見ていた。
いろんな事を知って、あの頃の様に笑うことはもう出来ない。
あの時の世界は眩しかった。
だけど今がくすんでいるわけでもない。
今は眩しくもなく、暗くもない。
木漏れ日のように世界で幸せは揺れている。
どちらかが不幸とかなんかじゃない。
もう無知で無垢ではいれないけれど、今は昔無かったものが沢山ある。
“グリーン目真っ赤”
“お前こそ”
「大好きだよ、───。」