美大生グリーン9
大学の前に車を止めてそこら辺の女の人に声をかけたら、やけに嬉々とした表情で駆けていった。
しばらく待っていると今度は血相を変えたグリーンが駆けてくる。その様子が何とも面白かった。
「なっんで居るんだレッド!!!!」
「迎えに決まってるだろ。」
「なんでだよ!」
そう、俺が車を停めたのは自分が通ってる大学ではない。グリーンの通ってる大学だ。
夕暮れ時、遠くでカラスが鳴いた。
後部座席にはグリーンが不満そうな表情で座っている。それもそうだ。グリーンを車に乗せるまでに滞りなく進んだわけではない。
さきほど、「なんでだよ!」と怒ったグリーンはどういうわけか、「昨夜男に襲われて、しかも抵抗できなかった。」という認識が欠けているらしい。
「昨日の今日で一人で帰せるか!」
「おまっ、やっぱり知って…!」
正論を言い返すと、グリーンは表情を青ざめさせた。
何でだ、呼んだのはお前じゃないか。
「と・に・か・く!俺は一人で帰れる!今日普通のカッコじゃねーか!」
そういって服装を確認させるように一回転すると戻ろうと背を向けた。
その態度には流石にイラついた。
「へーえ!男に襲われて!抵抗できない癖に!そう言うこと言うんだ!」
去っていくグリーンの背中に向かって言ってやった。大声で。
遠くでさっき呼び出してくれた女の人とその友達だろう人が黄色い声で鳴いた。
その途端に真っ赤な顔をしたグリーンが足音も盛大に戻ってくる。
「コレ以上言われたくないなら帰りは乗れ」
いつもなら俺が口論で負けるが、今回ばかりはグリーンに全面的に非がある、敗ける訳なかった。
そうして先ほどの女性に「彼氏さんを大切にね」と笑顔で言われたのに笑顔を返して会釈をすると、「乗るからもうすんな」と懇願するようにグリーンは車に乗り込んだ。
「で、どこ向かってるんだよ。」
不貞腐れたままグリーンが訊いてくる。
言ったらグリーンが赤信号を狙って車から逃げかねない、適当にはぐらかす。
得心のいかない表情をしていたグリーンも流石に諦めたのか、しつこく訊いてくるのは途中でやめた。
そうして着いた某大学。
若干グリーンの表情が濁る。本人は気付いていないようだが、眉間に力が入っている。
ココでも待ち人がいるのだが迎えに行かずとも向こうからやって来た。
「なんで居るんスか!?」
窓を開けた途端に顔を引きつらせた愛しい我らが後輩。
「よう、ゴールド。お前家どこだ?送ってやるよ。」
「遠慮しときます」
「先輩命令だ。」
有無を言わさずゴールドも車に乗せる。一瞬でやり取りは終わったがグリーンの表情は見ないようにした。
後ろに乗ろうとしたゴールドに「お前は助手席」と睨み付ける。
「どういうつもりだ、レッド」
ゴールドの家につき、家主が言いあぐんでいるとグリーンが口を開いた。
当然だろう、昨日自身を強姦しかけた奴の家に来たい奴なんて居るわけない。だが、そんな奴を自分の家にあげる奴の方がいないだろう。
「ゴールドが言うべき事言ってないからね、言うまでは例えグリーンが許しても俺が許さないよ。」
「そういうことッスか…。」
表情が読み取れないグリーンからではなく、横にいたゴールドから納得された。まあ、頭の回転が早くて助かる。
「まぁ、ベッドにでも腰掛けてくださいよ。」
気まずそうな顔のままゴールドが話を進め出した。
グリーンは動かないで空を見詰めたままだったが、手を引いてやると存外大人しく従った。
やはり、恐怖は大きかったんだろう。ここまで表情を亡くしたグリーンは初めて見る。
頭を撫でてやると、手を払うこともされなかった。
「えーと、すいませんでしたっ!」
勢いよく目の前に来たゴールドが正座の姿勢で頭を下げた。所謂土下座だ。
グリーンの表情に少し驚きが見えた。
「俺、ずっと先輩が好きで魔が差しました!!!!もうしませんから!あっていうか昨日も先輩の後ろ開拓してないんで安心して下さい!」
「オイゴールド言い方」
開拓ってないだろ、呆れたように返すとゴールドが「えっ」と詰まった音と共に困ったように顔をあげる。
垂れ下がる眉に、普段の勝ち気なゴールドが見えなくて少し笑ってしまう。
グリーンも犯されていないと聞いて少しだけ安心したんだろう。体の力が抜けた。
「俺、お前と初対面だと思うんだけど。」
まだ警戒は解いていないらしく、少し言い方に棘があった。
それにしてもゴールドにはかける言葉がない。一世一代の告白をして「面識なくね?」とは容赦が無さすぎる。
ゴールドも心底反省しているし、引き際もしっかりしていた。それに既に鉄拳は下してあるし、ココは助け船を出してやる。
「ゴールドは、高校の後輩でよく生徒会を手伝ってくれてたよ。まあ、グリーンはずっと書面とにらめっこしてたけど。」
「マジ?」
「マジ。大体グリーン生徒会のメンバーも顔覚えてるの一人か二人でしょ?」
ぐっと喉を詰まらせたグリーンは反論の余地を探しているようだが、俺はそれよりも気になることがあった。
グリーンの返事だ。
どさくさに紛れて告白したゴールドに、グリーンはどう返すのか。はたまたうやむやにするのか。
「それより、どうすんだよ。」
「へっ、え、ああ。いいよ。」
ぎょっとした。
その一言に尽きる。ゴールドは途端に顔を明るくするし、そんなにグリーンは軽く返してしまうほど同性愛に対する抵抗はなかったのか、いや、それよりも。
渦巻く思考はまた口を開いたグリーンによって遮られた。
「ただし、次やったらブッ飛ばすからな?」
「は?」
思わず聞き返してしまった。
するとおかしいことは言っていないのに咎めるような声を出された事にグリーンがたじろぐ。
「あ、いやそうじゃなくて。ゴールドの告白は?」
「へっ?」
「こくはく。」
グリーンが黙り込む。自然と沈黙が訪れた。バカ喜びしていたゴールドも黙って返事を待っている。
もしかして、
告白に気付いてなかった?
「…先輩としてとかじゃなくて?」
「「じゃねーよ。」」
思わずゴールドとハモる。しまった、ゴールドの口の悪さが移ったか。
にしてもどうやったら先輩として好いてる人を後輩が襲うと言うことになるのか。グリーン頭のネジ弛んでいるんじゃないのか、大丈夫か。
暫く呆けていたグリーンが突然無言で立ち上がるとフラフラと俺達の呼ぶ声も無視して玄関から出ていってしまった。
バタン、
静かな空間に扉の閉まる音だけが響く。
「…先輩伝えた事無かったんスか。」
「………。」
そうだよ、俺はずっと好きだった。
けど伝えられるわけないだろ。伝えられるわけ、
じゃなかったら今だって同居してるわけがない。
だってグリーンは今の反応で改めて認識させられたが異性愛者。
同性の幼なじみに告白されてみろ、
「先輩って、」
案外臆病なんスね。
嗚呼、
知ってるさそのくらい。