曇り空のように。
「はあっ、はあ、………ッ!」
いきなりシロガネの洞窟に駆け込んできたグリーンは俺の顔を見るなり泣き出す。
どうしていいか解らなかった俺はその場で動けずにいた。
レッド、レッド、どうしよう俺、ゴメン、
繰り返される謝罪の言葉と名前に不安を煽られていく。
「グリーン、」
どうしたの?
言葉に出す前にグリーンは名前を呼ばれただけでわんわんと声をあげて泣き出してしまった。
曇り空のように。
グリーンはシロガネへ来る前までは気を失っていた。ことの原因が起こるまでは全てが代わり映えの無い平和な世界だった。
しかし、変動は必ずしも予兆が有るわけではない。
日向ぼっこで、上機嫌になっていたハズのイーブイが茂みに向かってうなりだす。
何かいる、
俺らにとって良くない奴。
自然とモンスターボールへてがのびる。雲が太陽を覆い隠していく。陰る空間。茂みが大きく揺れた。その時だった。
「いっ………、!」
後ろに走る衝撃。
イーブイが警戒していた方にばかり気をとられ後ろの気配に気がつけなかった。
せめて影が見えれば気づいていたのに。
前のめりに倒れ、背中から何かに圧迫される。酸素が充分に取り込めない。苦しい。
「お初お目にかかります。オーキド・グリーン。」
なんとか横目で見ると、俺を足で押さえつけている人物と目があう。
男の胸元のマークに見覚えがあった。いや、カントージョウトの人間であれば知らないものは最近生まれた子供くらいだろう。
ロケット団、
忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
幼馴染みが一人で壊滅させた組織だぞ。そして、残党がいまだに幼馴染みへの報復をしようとしている奴等だ。
どうしてここに、なぜ今更現れた、いろんな疑問が浮かんでくるが、声に出すには踏みつけられ圧迫された肺では難しい。
たしか、レッドは幹部の服装だけは白だったと言っていたから、俺を踏みつけてる奴は幹部の人間なのだろう。
「色々と疑問が浮かんでいることでしょう。」
「うっ……、ぐぅ…ッ!!」
そういいながら踏みにじられる背中に思わず呻き声が漏れる。
すると、俺の声に堪忍袋の緒が切れたのかイーブイが男に飛びかかる。
「スリーパー、サイコキネシス。ヘルガー火炎放射。」
冷徹な指示が下る。男の脇に控えていたスリーパーの技がイーブイを木に叩きつけ、崩れ落ちるイーブイに火炎放射が直撃する。
無事なわけがない。
「…イー、ブイッ!!!!」
声を絞り出して叫んでみても、イーブイはピクリとも反応しない。
どうしよう、離せよ!イーブイが!
無理矢理体を起こそうにも、押さえつけてくる足がソレを許さない。なんとか、元気の欠片を懐から取りだし出来るだけ近くへ投げるも、きっと、自身では使えない。
頭上から健気だと馬鹿にするニュアンスの言葉が降ってくる。
「先ほどの続きですが、我々はなぜあなたの前に現れたと思いますか。」
「心配なさらずとも、用件が済めば解放しますし、私達は消え失せますよ。」
イーブイの警戒していた茂みから新たに中堅であろう男が出てくる。彼が団服についた葉をはらいながら言葉を続けた。そして、ポケモンを放つ。
「ユンゲラー、彼をアポロさんに変わって拘束しなさい。」
一瞬の隙をついて態勢を建て直そうとしたが叶わなかった。
「っあ、………ぅ」
腕と首を念力で締め上げられ、無理矢理起こされる。苦しさに息が詰まる。
「アナタには我々の報復のお手伝いをしていただきたくて参りました。」
押さえつけていた野郎が、見えない十字に磔にされた俺の前にまわる。
誰が、お前達に協力なんかしてやるか。
息も絶え絶え、なんとかそういったが、今の俺に打開策なんてない。
「大丈夫、あなたの心配には及びません。」
スリーパー、
声を受けたスリーパーが再びグリーンに技を放つ。
なんだこれ、頭がガンガンする!
避けることも叶わず頭に痛みを生み出した。
思わず呻き声が口からこぼれていった。満足そうににやりと笑う幹部共。
「何しやがった……」
「アナタにかけた技は、とある記憶を慢性的に無くさせる技です。」
「?」
「アナタは、」
徐々にレッドとの記憶をなくしていく。
とてもいい笑顔で言われる。意味が解った途端背筋が粟立った。
俺の中からレッドとの記憶が消えていく?嘘だ、信じられるか。
徐々に記憶が薄れていきなくなる
レッドとのだけが。
本当は、理解していた。疑えなかった。
既に、先ほどまでなら容易に思い出せていた旅に出る直前の記憶すら崩れ出している。
薄れていく忘れるには愛惜(いとお)しすぎる記憶。
「それでは、」
ご協力ありがとうございました。
そのあとまたも脳を揺さぶるようなエスパーわざをくらい、記憶を途切れさせる。まもなく、グリーンは目覚め、弱ったイーブイはボールに戻しそのままシロガネへ向かった。
聞いたレッドは唖然とした。俺への復讐のためにグリーンは傷付き泣き崩れている。
そう、俺のせい。
だから、俺がなんとかしなくては、
グリーン、
声をかけても涙を流し向いてはくれないグリーン。思わず壊れてしまいそうな彼を抱きしめた。
「つくろう、」
「忘れていってしまうなら、それに負けないだけ思い出を二人でいっぱいつくろう。」
本当は、
大人の復讐がそんなに易しくないと心のどこかで解っていた。
俺達は一緒に旅へ出た。まだ一度も行ったことのない地方へ。
記憶が崩れないよう、薄れないよう、「あの時もこうだったね」と話しかけても記憶していた事実を記憶していると言う、上塗り状態。
本物の記憶は着実に薄れていった。
夏場、記憶が薄れだしてから4ヶ月たったころ、俺らは北上してグラデシアの花畑で野宿をした。
ソレが俺達が幼なじみだった最後。
「おはよう、グリーン、初めまして。」
そういえば、幼なじみのグリーンにサヨナラしたときは俺の感情を表したような、表情を表したような空だった。