ワタライ
「今日こそ勝たせて貰う」
修行をして俺も手持ちも相当強くなった筈だった。
けれど、アイツが強くなるのを手放しで待っている筈もなかった。
結果は惨敗。
周りの迷惑も省みずリーグ内でふっかけたバトルはまた無惨な終わりを迎える。いい加減負けるのに慣れ、最初真っ白になりかけてた視界も今じゃ挑む前となんら変わらない。
変わるのは見える視界と心境だけ。
ああまた、
周囲からは「いいバトルだったぞー」なんて声をかけられるが生憎賛同できない。
だめだ。
声をかけようかヒビキが悩んでいる間にさっさと捨て台詞を吐きセンターにポケモンを預け出ていった。
表だとヒビキが追ってきそうだから陰に行く。
ほら、
滲む視界に更に悔しさが込み上げてくる。
父に強くなると誓ったのではないか。
こんな所で泣いてどうする。何もならないだろ。
考えれば考えるほどドツボにはまるようで瞳の膜が厚くなっていく。
頭が、熱い。
「シルバーくん」
不意に聞こえてきた声に多少なりとも驚いたが、顔をあげることすら億劫であえて反応は返さなかった。
去らない気配に早く去れと怒鳴り付けてやりたかったが、怒鳴り付ければ堰をきったように溢れてくるんだろう。
だから黙ってるのに、
「ヒビキくんのライバルのシルバーくん」
「赤い髪に銀色の瞳をしたシルバーくん」
「お父さんがマフィアのボスのシルバーくん」
しつこい、
「負けっぱなしのシルバーくん」
「!!!!!!」
勢いで顔をあげるとそこには優しい微笑みをたたえるチャンピオンの顔がドアップで映し出された。
「やっとコッチ向いてくれた」
「、っなんなんだよ!お前、………」
そうだ、目の前の人物も己を倒さんとするトレーナー達を薙ぎ倒し今の地位を築いている、いわゆる淘汰するがわで、淘汰される俺とは違う立場だ。
この笑顔も敗者へ向けられる勝者の余裕。
バカにしやがって!そう思ってさっさと立ち去ろうとするが、腕を思い切り掴まれ阻まれる。
「っはなせ、………!!!!」
「いいバトルを見させて貰ったよ。」
まるで見当違いのセリフに苛立ちが募る。
いいバトル?ふざけるな、あんな防御もままならないような一方的なバトル。
振りほどこうとしても、コイツが大人のせいかビクともしない。俺だって旅で力はつけてきた筈なのに。
「君は気づいてないようだけど格段に強くなっている。」
やめろ、そんな期待を抱いてしまうような甘言。聞きたくないんだ。
今までせっかく独りで頑張ってきたんだ。
「ヒビキくんが最初に僕に挑んできたときより、今の君は強い」
ヒビキくんには今の僕が本気だしても敵わないしねと、笑いながらチャンピオンである彼は言い放ったが、チラリと盗み見た表情に抵抗する気が完全に失せる。
ワタルは、唇を噛みしめ悔しそうに眉を寄せていた。
そんな、まさか。あのワタルがこんな表情になるなんて。
あまりの声色と表情のギャップに追い付けず、思わず呆けていた。すると、ワタルも気付いたらしく悔しさの名残は残したまま笑いかけてくる。
「僕だっていい大人だけど、そのいい大人が僕の半分も生きてない子に負けたんだ。そりゃ悔しいよ。」
それでも、差が広がるばかりの俺はヒビキに勝つどころかヒビキより格下の今のワタルにすら勝てない。
「君だって強いのにね。」
俺は弱い。
悔しいがわかりきったことだ。
反論する言葉を見つけきらずに視線を右往左往させていると腕を引き寄せ、抱き締められる。
温かく、力強い抱擁で、何かが融けて広がっていく。
「強いさ、君は充分強い。だけどね、無理はよくない。燗に障るかもしれないけれど、君だってまだ子供なんだ。」
たまには泣いたって良いんじゃないかな
そういわれると同時に顔にマントが覆い被さってくる。
「ほら、誰もいないし見てない」
そう言われて更に子供扱い、バカにしてるのかとツッコミを入れようとしたが声にならなかった。
「ひぅっ、ぐす、ぇぐ………」
自分の喉からは普段嫌う嗚咽の音ばかりが出て。
もう知るか。と、ヤケに泣いた。