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最近、グリーンが冷たい。
グリーンでない他人ならば、「へぇ、そうか。」で終われるが、グリーンが冷たいと言う事態は看過できない。レッドにとってそれはそれは、由々しき問題であった。
何か、気に障るような事をしただろうか。
…いや、してない筈だ。いつもと変わらない。いつも通りだった。俺が、グリーンに会いに行けば、「よぉレッド」と言ってサイコソーダを出してくれる。それが今じゃ「なんで来たんだよ」から始まる。冷たいと言うより嫌われている気がする。
じゃあ、いつも通りが駄目だったんだろうか。今までの生活に、何か不満があって、我慢していたが限界が来たとか?
これが一番有力なように思う。思うが。
グリーンのせいだと言うつもりは断じてないが、彼はいつも何だかんだで歓迎してくれてたから何が嫌だったのか見当つかない。
世話焼きの鬼だから、文句垂れながらもいつも何かとしてくれて、嫌いじゃないのだと思ってた。それはきっと、俺が付け上がってたんだろう。
人からの厚意は当然じゃない。どうやら俺は、すっかり失念していたようだ。
レッドはグリーンの事が好きだ。
呆れ返る周囲に公言しているし、グリーンも拒絶はしない。同じ言葉が返ってくることもないが、ちゃんと受け取ってくれていた。随分と一方的ではあるが、それだけでよかった。けれど、
グリーンの重荷になっていた?
気付けばなんでかいちいち悪態で返されるようになった。じわりじわりと数を増していき、今ではグリーンから発せられる言葉は悪態ばかりになってしまっている。
レッドには、グリーンをそんなに怒らせてるのが何か解らない。確信が持てるものがないのだ。解らなくても、グリーンを怒らせている。不快な思いをさせているのが申し訳なくって謝ると、今度は本格的に怒るのだ。
「なんっで、お前は何もしてねーのに謝るんだよ!」
堪忍袋の緒が切れたんだろう。悪態どころか怒号だ。ビリビリと執務室の空気を震わせたそれは、丁度来訪したヤスタカの手によって扉が開かれ、廊下まで響き渡る。
鬼の形相で出ていこうとするグリーンから、ヤスタカは持っていたお盆を咄嗟にどけた。その見事な判断で、載っていた熱々のお茶は事なきを終える。
部屋の主と入れ違いで、お茶を出しに入ってきたヤスタカは出ていった男を目で見送り、取り敢えず硬直している男には差し出す。もう一つの湯呑みを渡す筈だった相手は、今、出ていってしまったので、少しの逡巡のあと持ってきた本人が飲むことにしたようだ。怒号を浴びせられたレッドの真向かいにローテーブルを挟んで座る。
最近、自分の前では珍しくなくなってしまった、怒ってるグリーンはやはりレアらしく、ヤスタカも目を丸くしていた。
「どうやったらあんなにリーダーを怒らせられるんだ…?」
そんなものこっちが聴きたい。知るかよ、なんて返したくなるがそんなの八つ当たりだ。出そうになった言葉の代わりに、同意を返す。
「さあ…俺もそこがさっぱりだ。」
肩を竦めて返すと、俺の返しに特に驚かずにエリートトレーナーはお茶を啜る。
「自覚ないってタチ悪いな。何て言ったの。」
特に返事は求めてなかったが、彼はゆっくりとお茶を飲み、一息ついてから返事を寄越した。自覚のある指摘に、眉間に皺が寄る。
しかし、ただ罵倒したいわけではないらしい。次いで来た言葉は、原因を共に探してくれそうで、正直に彼が教えてくれるわけじゃないかもしれないが、それでもレッドは藁でもすがりたかった。
「グリーンに見せたい場所があるんだ」
悪態を返すグリーンに、戦々恐々としつつも勇気を出して言った言葉。
グリーンの逆鱗に触れた言葉は、今度は目の前の男の眼を眇めさせる。なかなか、良い表情を得られない言葉だったようだな。
「それじゃ怒らないよな…別に書類溜まってないし。その前は?」
うーんと一度うなり返す。腕を組みながら、レッドは先ほどの記憶を辿った。
「えー?いつも通りかな、グリーン好きだよ〜って。」
ここでヤスタカは固まった。そしていくらか間をおき項垂れる。これが原因?いつものことじゃないか。やっぱりグリーンの負担になっていたのか。
「あー…なるほど。あー…、相変わらず面倒なお人だ。」
ヤスタカは唸るように一人で納得してしまい、訳のわからないレッドが益々表情を悄気させた事に気付き、困った風に笑う。
「リーダーは君に嫌われたいんだよ。」
「え?えー?無理だって。」
「無理も承知だろうな。」
少しの間を置いて、何を言っているのか咀嚼する必要があり、咀嚼しても尚、自分がグリーンを嫌いになる可能性を1パーセントでも見付けることができない。
率直に、断言する言葉を言っても、否定されない。なおのこと、訳がわからなかった。
「もし…例えば、俺がグリーンと気持ちも伴わないまま付き合うとしたらどうする?」
「え?許さないよ?とりあえずヤスタカさんは監禁してグリーンは囲うかな…。」
真剣に考えた上での発言が、相手をドン引きさせる。けど、多分そうする。この人は、このくらい牽制しておかないと油断ならないのだ。
「えっ怖い。…じゃあグリーンさんが気持ちも伴わないまま女の子とお付き合いするとしたら?」
そこまで言われてぴんときた。ああ、好きでもない人とのお付き合いや、結婚。グリーンの家庭環境から有り得ない話じゃない。
「結婚、しちゃうの…?グリーン。」
今まで予測していなかった訳じゃない。解っていたのだ。いつかは、来る。それが今だっただけで。
しょんぼりとしてしまった自分にヤスタカは小さく笑う。
「あくまで、『例えば』の話だから。」
そう、例えばグリーンが結婚しなくてはならなくなったとして、そしたら自分はどうなる。想ってる自分を蔑ろにして結婚、グリーンの中では筋が通らないのではないか。だからと言って俺の想いに答えたところで、結婚はしないとだし、結婚してから関係を持てば同性だろうが不倫だ。
「俺なら、今じゃないとしても話が浮上したら距離置こうとするだろうなー。リーダーの場合長男だし、お姉さんが婿を連れてくるなら別だろうけど。」
グリーンは、俺に嫌われたいんだ。
俺がグリーンを嫌いになれば、嫌いな奴が結婚してもどうでもよくなる。
しかし、グリーンは知ってか知らずか。この考えには問題がひとつあった。
「俺がグリーン嫌いになれるわけないのに…。」
ぼやいた発言に対して、予想していた通りだが呆れた、という表情を向けられる。話し相手が半目だ。
「うわー、リーダーも可哀想に。成功しない作戦を実行してるんだ。」
棒読みな上、早く伝えに行けと言わんばかりに、ローテーブルを少し引き、歩くスペースを作られる。
だが、コイツも仮にもグリーンを慕っている筈だ。上司と部下などの、形式以上のものを孕んだ感情で。普段はグリーンとの距離を変に縮めようとすることはないが、時折見せる表情は絶対に一線を越えたものだ。なぜ、敵に塩を送るような真似を。
不可解だと、表情に出ていたらしい。
「俺は、君じゃ絶対に作れないリーダーとの関係を持ってるんで。」
余裕を持った、笑み。
エリートトレーナーの持つ、凶暴とさえ言えるような表情。その1つで、彼の言いたいことは伝わる。
『文句があるなら、捩じ伏せてみろ。』
ああ、そうだ。こいつは。
遠慮する必要も、気を許すことも、何も必要としない。そんなことをすれば、喉を噛みきられる。
「…ありがと。」
負けじと、勝ち気な笑みを向けるとレッドは執務室を走って出ていった。
それを見送り、ヤスタカは息を吐く。
「まあ…、リーダーとの特別な繋がりは君の方が何十倍も持ってるけどね。」