某も猫である。名前もまだ無い。


ひゅうっと冷えた風が体を包み、某は目を覚ました。
屋根の瓦から落ちぬように伸びをする。
いつの間にか暖かな風は何処へやら。
どんよりとした雲が広がる空の下には京の都。


逃げ出した某は、人の目を盗み屋敷の外にあった大きなものに飛び乗ると、布がかけられている荷物の隙間に身を潜めた。
初めて見たが、記憶が正しければこれは荷車≠ニいう物のはず。
人間は某に気がつくこともなく荷車を動かし屋敷を後にした。

ひと月程、街道に沿って某は寝るのも惜しんで歩き続けた。
できるだけ遠くへ行きたくて。
京の都にたどり着いたのがふた月程前のことである。

まだ人の目を気にしてはいるが特に問題もない。
ここ最近、京の人間は忙しそうで猫なんぞにかまう余裕は無いし、こちらもその方が都合が良い。

『もうじき雪≠ニやらが降るな』

【吾輩は猫である。名前はまだない。】

この一節は、前の某が確か雪の降る夜に読んでいたと記憶している。
屋根の上を悠々と歩き、目を細める。

『某も猫である。名前もまだ無い。』



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