猫、掌中の鈴と首輪。
某は、
「君、何をしたかわかってる?」
少々好き勝手しすぎたらしい。
某の首根っこを掴み上げ、大きく開いた障子の穴を見て細められる翡翠色の瞳。
某が飛び込んでしまったのは、なんと総司の自室の障子であった。
これは命の危機である。
とんでもない事になった。
騒ぎを聞きつけ幹部数名が総司の自室に集まってきたのだが、首根っこを掴み上げられている姿はあまり見られたくない。
恥ずかしい。
「いよいよやりやがったな、ねね子のやつ。」
「そりゃあ、やるに決まってんだろ。猫なんだし。」
某の姿を見てゲラゲラと笑う原田と新八に少々気分を害されているのだが、どうやら当初の目的は果たせたらしい。
今この場にいるのは、深くため息をつく山南と土方、笑う原田と新八、不機嫌そうにしている総司と平助である。
「どうしようかなぁ、この猫。」
総司がぶらぶらと某の体を揺する。
「障子と同じく穴でも空けてあげようかな?」
某の体から血の気か引いた。
「おい、いくらなんでもそれはやりすぎだろ?」
「平助の所は覗き穴程度でしょ?僕の部屋を見てごらんよ、猫の通り道ができてるのに怒らずにいられる?」
「覗き穴程度ってのもひでぇだろ!」
平助との会話の間、総司の手が腰の長物へと動く度に毛が逆立つ様な思いをしていたところで、新八が総司の手から某を掴みとった。
「悪戯したのは今回が初めてなんだろ?そういう事は次やられた時にしておけばいいだろ。ねね子も反省しただろうし。」
「お前に言われても説得力ないだろ。」
「うるせぇよ、左之!」
新八が助け舟を出してくれたのはありがたいが、ここの男達は猫の扱いを首根っこを掴む≠オか知らないらしい。
そろそろ首の皮が伸びてしまいそうだ。
さすがにそれは勘弁したい某は、体をくねらせ新八の手から自力で畳の上に降りた。
「…この猫に何かあったら、近藤さんが黙っちゃいねぇだろうがな。」
土方の呟きに、沖田の表情が見るからに曇った。
前から感づいていたが、やはり沖田は近藤さんに弱いらしい。
これは覚えておいて損はないだろう。
「まあまあ、いたずらをするのは良い事ではありませんが、ねね子も遊び足りないのでしょう。」
睨み合う沖田と土方の間に割り込む様にして声を上げた山南は、某の前にしゃがみ込むと懐から何かを取り出して某の顔に近づけた。
『…これはたしか、鈴だったか。』
名前は知っていたが、近くで見た事はなかったため興味深い。
小さくて、丸くて、チリリと興味深い音が鳴る。
某が顔を近づけてもっと観察しようとしたところで、山南は鈴を畳の上に軽く投げた。
弧を描いてから落ち、小さく高い音を立てながら転がっていくそれを某は思わず追いかけた。
もう一度観察し直そうとしたのだが、某の手は人の様に指が長くないために上手く掴めず、余計に転がしてしまうのが大変なところである。
「そっか、ねね子は遊び足りなかったのか。良かったなぁ、ねね子?山南さんに鈴を貰えて。」
平助、これは遊びではない。
初めて見る鈴という物の調査である。
思わず飛びかからずにはいられないのでは、断じてない。
でも楽しい。
ころころと転がる調査対象に格闘している某に、山南はゆっくりと手を伸ばし背中を撫でた。
「…気に入ってるみたいですけど、わざわざ猫に用意してあげたんですか、その鈴。」
「いえ、偶然持ち合わせがあったものですから、ねね子の遊び道具にでもと。」
沖田の問いに微笑を浮かべて答える山南。
彼は某が思っていたよりも良い人物だったらしい。
礼の代わりにと山南の手に自ら頭を擦り寄せた某は、再び鈴との格闘に戻るのだった。
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