猫、和解の笑み。


某が籠の中で微睡んでいたところ、勝手場に斎藤がやって来た。
ああ、やはり苦手な男だ。
相手はまだこちらに気がついていないからいいのだが。
逃げるにしても、勝手場の出口の辺りに斎藤が立っているし。
…あちらが某に気がつけば、すぐに勝手場から追い出すだろう。
その時まで寝たふりでもしていようかと目を閉じる。
それからすぐに近づく足音。

「…あんたか。」

そこから、出ていけという言葉が続くのだろうと思いきや、何やらぶつぶつと呟き始めた斎藤。
文句か説教でも始めたのかと思えば、内容は
某に避けられているのが気になる
というもの。
…某を千鶴の下敷きにしたのも、悪気はなかったとも言っている。
どうやら、この男は考え込むと無意識にその内容を口に出してしまうらしい。
まあ、そのおかげで今まで謎に感じていた斎藤の行動の意味が理解できたのだが。
某は斎藤のことを少し誤解していたらしい。
目を開けば、目の前でしゃがんでいる斎藤と目が合い、その瞳に某の顔が映る。
某はこの目が苦手だった。
何かを見透かされている様な気がしていたからだ。

「…触れても、構わないだろうか?」

しかし、斉藤はただ物事をまっすぐに見つめているだけなのかもしれない。
某は今まで人に関わる事を避けてきたために彼を異質に感じてしまっていたのだろう。

恐れる必要はなかった。

考え込んでいて反応を返さなかったためか、彼は立ち上がると再び朝餉の準備に戻ってしまった様だ。
このままではいけない。
相手に誤解させたままでは申しわけないではないか。
急いで籠から降り、斎藤の足元へと向かう。
思い切って斉藤の足に擦り寄れば、大きく目を見開いた青い瞳が某を見下ろした。
驚かせてしまっただろうか。
料理の邪魔にならぬよう、そのまま籠の中に戻る。

「……もう、怒ってはいないのだな?」

『元々怒ってはいない、すまなかったな。』

…良かった、怒らせてはいないようだ。
斎藤は手に持った包丁を動かしつつ、こちらに話しかけてくる。

「…先日はすまなかった。…あんた、腹は減ってはおらぬのか?今、何か出す事もできるが。」

『まだ大丈夫だ。後でお願いしたい。』

「そうか、まだ腹は減っておらぬのだな。もうしばらくしたら煮干でもだす。…鰹節もつけてやろう。」

『鰹節!!それはありがたい。』

偶然なのかはわからないが、斎藤との会話が不思議と成り立っている様だ。
斎藤には某の言葉は理解できないはずなのだが、非常に興味深い。

それと、

『…斉藤も、ちゃんと笑うのだなぁ。』

無意識なのかはわからないが、彼の横顔がわずかに綻んでいるのがわかる。
正直に言うと、某は斉藤の事を無表情だと感じていたため、彼の笑顔を見れるとは思っていなかった。
朝から良いものを見れた。

『…いつかは、横顔ではなく正面から見てみたいものだな。』



―猫、和解の笑み。


[ 39/42 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -