猫、和解の笑み。


斎藤一はその日の食事当番であったため、勝手場に足を踏み入れた。

少し早めに来すぎたのか、まだ他の当番の者は来ていない様だ。
今日の当番は俺と総司だったはず、…雪村も手伝うと聞いていたが。
他の者がいないにしても早く手をつけておく事に越した事はない。
たすきがけをして袖をまとめる。
竈に火を付けて早速準備に取りかかろうと動いたのだが。

「………………。」

誰もいない…はずなのだが、何か感じる違和感。
どこからか視線を感じる。
辺りを見回してみれば、勝手場では見慣れないものが目に映った。

「…あんたか。」

猫がいる。
昨日から新選組の屯所で世話をする事となった猫。
まるで元からここにいたとでもいうかの様に、勝手場に置いてあった籠にぴったりと収まり丸まって眠っている。

「…何故、あんたがここにいる?」

昨夜は雪村の部屋で眠っている、と総司が言っていたが。
近づいてみれば、猫の呼吸に合わせて動く柔らかそうな毛皮が目に入る。
丸まった猫のその背中に触れようと手を伸ばし、止めた。

俺は、この猫に嫌われているらしかった。
目が合えば視線を逸らせれ、触れようとすれば避けられる。
野良猫なのだからあたり前だが、自分だけが特に意識されている気がしてならない。
最初は副長や総司も同じ様に見えたが、総司はもう猫に触れたと言う。
副長の場合、抱き上げられても逃げないほどだ。
俺達より後に出会ったはずの平助にも懐いているではないか。
…何か嫌われる様な事をしたのかと考えてみれば、思い当たる節はある。
雪村を部屋に連れ戻した際の事だ。
運悪く雪村の下敷きにしてしまい、心配はした。
しかし、そこで雪村と馴れ馴れしく会話をする訳にもいかず、すぐにその場を立ち去った。
…罪悪感はある。
だが、その前から俺は避けられている。
初めて会った時からだ。
その時、俺は猫の姿を見て妖の類ではないかと少なからず考えてしまっていた。
路地から出てきたその姿は、月光により銀色に光って見え、どこか自然の生物とは違う雰囲気を纏っていた様に感じたからだ。
動物は勘が鋭いという。
俺の考えた事をそれとなく察し、避けられているのかもしれない。
閉じていた猫の目がすっと開く。
その丸い瞳に自分の顔が映る。
……目を逸らさないでいる猫。

「…触れても、構わないだろうか?」

沈黙が続く。
やはり、触れられるのは許してはくれないか。
諦めてその場から立ち上がり、朝食の準備を再開するが、気分が晴れない。
…妙な気分だ。
猫を相手に何を悩んでいるのか。
しかし、猫を相手にしているというより、人間相手に悩んでいる様な、そんな複雑な感覚に似ていた。
…ああ、気が逸れてしまった。
刻んでいた葱の大きさが不揃いになっている。
気を引き締めねばと再び包丁を持ち直し、残りを切り始めて感じる違和感。
思わず手を止めて足元を見れば、猫が体を擦り寄せていた。
目が合えば逸らしもせず、にゃあ、とひと鳴きしてもう一度俺の足に擦り寄ると、するりと元いた籠の中に戻って行った。
…驚いた。
猫って気まぐれだよな、と平助がぼやいていたが、本当にその通りだ。

「……もう、怒ってはいないのだな?」

ひと鳴き。

「…先日はすまなかった。…あんた、腹は減ってはおらぬのか?今、何か出す事もできるが。」

無言。

「そうか、まだ腹は減っておらぬのだな。もうしばらくしたら煮干でも出す。…鰹節もつけてやろう。」

もうひと鳴き。

手を動かしながら猫の方へ声をかければ、返事を返してくる。
まるで会話でもしているかの様だ。
…本当なら、食べ物を扱う場に猫がいるというのは好ましい事ではないが、籠の中でおとなしくしているのだから少しくらい大目に見よう。
猫は再び籠の中で眠ってしまった様だ。
猫、…いや、ねね子の好物はなんだろうか。
とりあえず、猫の食べそうな物を一通り出してみるべきだろうか。

気を引き締めようとした矢先、さっそく猫の事を考え始めてしまった斎藤。

ただ、再び切り始めた葱はしっかりと均等に切られていた。


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