猫、武士に恩返し。
それは、いきなりやってきた。
その日は、たまたま早起きして道場に素振りに行くつもりだったんだ。
道場に行く前に眠気覚ましに顔を洗うため、部屋を出たんだけど、
「…何だ、この音?」
遠くで音が聞こえる。
…何かを叩く音、それに男の声か?
声の主はだいぶ苛ついてるみたいだな。
男はたぶん平隊士だとして、何してるんだ?
そこまで音が大きいわけじゃねぇけど、まだ早朝で夜番の奴らもまだ寝てるんだし注意しとかないとな。
音は屯所の入口辺りから聞こえるし。
「…ッ!……!!」
近づくにつれて音が大きくなる。
まだ姿は見えねぇけど、バシバシうるさいし箒か何かを振り回してるみたいだ。
「このッ…気味が悪い、出て行け!化け猫め!!」
男の声がはっきりと聞こえた。
化け猫?
まさか、
「おい!何やってんだよ!!」
「…と、藤堂組長!?」
走って屯所の入口に来てみると、箒を振りかぶる平隊士と猫。
「こ、この猫が屯所の前でずっと動かなかったものですから…。」
「だからって箒で打つのはやり過ぎだろ!」
「しかし、こんな薄気味悪い猫が花を持って屯所の前にいるなんて…。」
「…花?」
平隊士の足元には花弁が散らばっていた。
紅や白の花弁がばらばらと散らばっていて、草鞋に二本の枝が踏んずけられている。
小さくうずくまっていた猫が、それを退けようとしたのか平隊士の足元へ前足を伸ばした。
「触んじゃねぇ!気持ち悪い!!」
バシリと平隊士は猫の体を箒で思い切り叩いた。
「だからやめろって言ってんだろ!コイツが何したってんだ!!」
俺はその手から箒を奪うと、すみませんと言いながらも不服そうな顔をして平隊士は屯所の方に戻って行った。
「おい、大丈夫か?怪我とかしてねぇよな?」
地面にうずくまっていた猫は、やっぱり先日土方さん達を追いかけて来た猫だった。
急にいなくなったから千鶴はかなり寂しそうだったし、総司もなんか不機嫌だったんだよな。
近藤さんもしょんぼりしてたっけ。
手を伸ばせば背中の毛を逆立たせて警戒する猫。
そりゃそうだよな。酷い目にあったばかりなんだし。
「俺は、藤堂平助。俺は別にお前に何もしねーよ。」
なぜか逆に威嚇された。
「いやいやなんでだよ!本当になんにもしねぇっての!!」
猫は差し出した俺の指先にスンスンと鼻を近づけた。
微かにかかる息がちょっとくすぐったい。
コイツの目ってまん丸だ、毛柄も珍しいだけで寧ろ綺麗な柄だよな、なんて考えてたら猫がまん丸の目をすっと細めて俺の手に頭を擦りよせた。
前に首根っこを掴んだりしたけど、毛もやわらかいしふわっとしてる。
こういうのが猫っ毛とかいうのか?
「でさ、急にどうしたんだよ?お前がいなくなってから近藤さんと千鶴が心配してたんだぞ。」
おとなしく撫でられていた猫がビクリと反応した。
すぐ傍に転がっていた枝や花弁を前足でちょいちょいと触っている。
どことなくしょんぼりしてんな。
「もしかしてさ、この花はお前が誰かに渡すために持ってきたのか?」
一瞬だけ俺の顔を見上げた猫。
耳は頭にペったりくっつくぐらい下がってるし、尻尾もだらりとしている。
「あー…、ごめんな。うちの隊士が酷い事してさ。お前は何もしてないのに。」
ふと、視界に映る白い花。
踏みつけられて折れたり潰れたりしている中に、一つだけ綺麗なものが残っている。
「ほら、元気出せって。まだ花は残ってるし!」
八ツ手の花を猫の前に持ってくれば、ゴロゴロと喉を鳴らして俺の足に体を擦り寄せた。
なんだ、実はコイツ人懐っこいんだな。
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