猫、龍と花。


この男。

「ここがお前の家か。なんだ?ここにあるのは八ツ手か?よくこんなに集めたな。」

普通じゃない。


某のあとをついて来たこの男。
絶対に普通じゃない。
歩くのが遅いと某をひっつかんだ時、相変わらず似合ってない上着の隙間から見えた男の腰にさがる銀色の塊。
某の記憶によれば拳銃≠セ。
刀ならわかるが銃なんて初めて見た。

「…よっ、と!」

高い塀の上に助走もつけず飛び乗った。
某でもこの塀の高さは登れない。
そして、とんでもない速さで走り始めたのだ。
景色が高速で流れて行く。
某を見てニヤリと笑った紅い瞳を見て確信した。
この男、人間ではないらしい。
とりあえず行き先がわからないのに走るこの男を止めよう。

そしてなんだかんだで無事に寝床の空家に到着し、某は裏口付近の壁にあいた狭い穴から中に入ったが、

バキィッ、メリメリメリ…

と嫌な音がしたかと思えば、板張りされていて使えないはずの玄関の方から男が歩いて来た。
玄関に何をしてくれたのだろうか。
まず、酒を呑みに行くついでに某の事を手伝ったのではないのか。
寝床として使っている居間に集めた花を置いてあるのでそちらに向かえば、男も後をついて来る。

そして、今に至る。

居間に座って酒を呑み始めた男。
傍に置いてある開かれた包みの中身は酒の肴だった。

「ほら、お前も食えよ。」

某の前にはイカの干物のゲソ。
腹が減っていたので有り難く頂戴する。
ゲソを噛みつつ男を横目に見る。
褐色の肌、紅い目、結い上げている青みがかった髪。異国の武器と服を身にまとい、それに合わない羽織を脱いだことによりあらわになった、左腕の龍。
刺青も初めて見た。
この男は某の中では何もかも新しい。
行動も読めない。
人間でもない。
普通じゃない。

「よし、どうだ?なかなかのもんだろ。」

先程から集めた花をいじっていたのが気になっていたが、包みを縛っていた紐で花を綺麗に束ねていたようだ。
某は紐なんて容易に扱えないから正直助かった。

「…本当に変な猫だよなお前。雰囲気っつーか、どこかがそこらの猫とはちげぇ。」

何度も言う。
お前もどっこいどっこいだぞ。

「お前が庭にいる時、最初は人間かと思ったんだぜ?気配が猫って感じではなかったからな。」

仕方がないと思う。
前世では人であったから。
男は酒をあおりながら某の頭をワシワシと撫でていたが、手を止めて某を見る。

「なぁ、もしもだ。人の言葉がわかるってんなら俺の問答に応なら一回、否なら二回、鳴いてみろ。」

…戸惑う。
ゴクリと唾を飲み込む。
人の言葉がわかるような対応をしたら気味悪がられるのではないか。
しかし、この男も人外であることは確かなのだ。
今さら、目の前にいる普通じゃない男≠ノそんな事を気にしなくても良いのかも知れない。

「お前、人の言葉はわかるか?」

応。

「…そうか。お前は妖の類では無いよな?」

これも、応。

「まぁ、そうだろうな。あの身のこなしじゃ。お前、異国の猫か?」

否。

「異国の猫が日の本にいるわけねぇか。だが、もしかしたら異国の血が先祖にいるんじゃねーか?独特な柄してるからよ。その模様、俺は好きだぜ?」

本当にこの男は普通じゃない。
某の模様をお気に召したらしい。
新しもの好きだったりするのだろうか。

「で、お前は花を集めてんだったな。この花、自分のために集めてたのか?」

否である。

「自分以外か?猫同士で花…、まさか人間相手か?」

応。こんどうさんのためだ。

「人間に何か恩返しでもすんのか?」

応。

「本当にお前、猫か?猫らしくないっていうか、そこらの人間より人間臭いな。」

猫は猫でも普通じゃないのだ、某は。
良い意味でも悪い意味でも。

「恩返しッつーのはいいことだが、やっぱりただの猫だ。頭が足りてねぇな!」

ケラケラ笑いだす男。
頭が足りないとは失礼な。
これでも頭は捻ったぞ。

「こんな重い花束、そんなちいせぇ体で運べるわけないだろ?」

花を別々に運ぶつもりだったが…。
たしかに体力と時間を考えても少し無謀だったか。

「そんなあからさまにしょんぼりしてんじゃねーよ。」

仕方ねーなとぼやきながら某の頭をぽんぽん叩く。ちと痛い。

「また運んでやるからよ。俺に感謝しろよ?」

この男、言い方が憎らしいが根は優しいらしい。

感心している間に面倒だからここに泊まると布団も無いのに男は横になる。
上着を体にかけているが…。

「やっぱり、さみぃな。」

そうなるだろうよ。
某みたいに毛皮も無いのだし。
風邪をひくぞ。

「寒いんだからお前もこっち来いって。」

そう言って某を無理矢理上着の中に突っ込んだこの男。
外に出ようとするほど狭くて苦しい。

「少しぐらいいいだろ?お前の恩返しを手伝ってやってんだぞ?」

まぁ、確かに…。
この男がいなければ某の目的は達成されぬし、何より感謝もしている。
ここは我慢だ。


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