猫、朱色に浅葱をみる。


眼下に広がるは血の海。
人間から湧き出るものに人間が沈んで、逝く。
白髪赤眼が血を啜る音。
笑い声。

『人ならざる者に化猫か、笑えぬ。』


某は千鶴を追いかけていた。
猫なのだし夜目も利くので大して苦労はしない。
しかし、何もできない。
某は人間の言葉は解っても話す事はできない。
力も無い。
真物の妖だったら何かしらできたのかもしれぬ。
こんな事なら本当に妖だったら良かった。
化け物と罵られるのを嫌がるくせに、自分勝手で醜い願いだが。
ただの猫に生まれた事を私は憎んだ。

千鶴が物陰に隠れた。
浪士たちは見失ったのか怒声を上げている。

絶好の機会だ。
今の内に千鶴の元に行って何処か安全な場所に誘導できないだろうか。それが無理そうなら、もう捨て身で浪士の前で騒ぐぐらいしか某にできることなんて無いのだから。

千鶴の隠れた路地の物陰に向かおうとした時、浪士達の背後に浅葱色が現れた。

そこからが酷い。

浅葱色の白髪赤眼の二人組が浪士二人に後ろから奇襲をかけ、一人を背中から刀でばっさり斬り伏せて滅多刺しにした。
残りの一人も白髪赤眼の内一人と応戦したが太刀を噛み砕かれるという想像を絶する武器の損失により、脇差を構えるも頭を一突きされたのだ。

そこまできて某は思い出す。
この場にいる生者は浅葱色と某に…。

『…千鶴!!』

がたりと物音が響く。千鶴が板か何かを倒したらしい。

某は全速力で屋根の上を走る。
怯える千鶴と、彼女に刀を振り上げた浅葱色。
刀を振り上げた浅葱色の背後にもう一つの浅葱色を見たが、そんな事はどうでもいい。

『…間に合わないッ!!』

千鶴の叫び声と白髪赤眼の奇声が頭に響く。

嗚呼、やはり某は何もできないのか。
情けなくて仕方がない。
全速力で走っているのにゆっくりと流れる時間の中、ぼんやりと思った。

…某は何のためにいるのだろう。


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