猫、白雪に出逢う。
娘の名はゆきむら ちづる≠セそうだ。
ちづるとやらは笑顔で某を撫でていたが、少しだけ不安そうな顔で自分の生まれ故郷であるえど≠ゥら京≠ノやってきた経緯をぽつりぽつりと話し始めた。
某の前世の記憶は所々というか、ほぼ抜けている故に京はたまたま漢字と読み≠ワで覚えがあったがえど≠フ漢字が思い出せない。
歯痒い。
ちづるは音信不通となった蘭方医の父親を探すべく京へやって来て、その父親が頼れと言っていた同じく蘭方医のまつもとりょうじゅん≠ニやらをこれから訪ねるのだそうだ。
手紙には雪村千鶴≠フ文字。
なんとなくだが美しい名だと思う。
それと、わざわざ父親との大事な手紙を猫に見せながら説明する千鶴は、やはり不思議だなと思った。
そして優しい人だと思った。
あの人みたいに。
某を撫でる手は手荒れもなく綺麗で肌も色白、目鼻立ちも見事で大きな瞳。
普通の女子の姿をすればかなりの別嬪さんではないだろうか。
しかし、今は綺麗な黒髪を高めの位置で一つに結い上げ、色は桃と白を基調にしてはいるが袴姿。
腰には小太刀。
似合わないわけではないが、…もったいない。
「あっ!」
千鶴は自分が急いでいた事を思い出したのか、最後に某の頭をもう一度撫でて立ち上がる。
「もうそろそろ行かなきゃ。話し相手になってくれてありがとう。」
一鳴きしてそれに応えれば、千鶴は可愛いと一言笑顔で呟き道を歩いていった。
なんと、某が可愛いだそうだ。
気分が良い。
…我ながら実に単純である。
某は、生まれ故郷の屋敷の主の真似をしていた名残で自分の事を某≠ニ呼んでいるだけで、某は雌猫である。
今までの境遇もあり、やはり嬉しいわけである。
某は夜まで外を彷徨いていた。
すぐにでも雪も降り始めるという様な寒さ。
屋根の上を移動して寝床に使っている空家に向かっていた某の目に、二人組の浪士に追われた千鶴が映る。
どうして、こんなところに千鶴が…。
まつもとりょうじゅん≠ニやらを訪ねたのではなかったのか。
父親には会えなかったのか。
一体何があったのか。
このままでは千鶴が危ない。
しかし人間相手に猫が何をするというのか。
それでも、見て見ぬふりなんてできぬ。
寒さなんて忘れて、屋根の上を駆け出した。
―猫、白雪と出逢う。
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