蝶を当込めば棒に当たる

近頃は春めき暖かになった風をいっぱいに受け、敷布がはためく。
鳥の囀り、どこか遠くで子供達が駆け回っているであろう声が耳に届く長閑な時間だった。

『…よし、これで全部干し終わりっと。』

北上美涼は緩やかに波打つ白を見渡しながら、大きく息を吸い込んでささやかな達成感に浸った。
男所帯の布団の敷布、その汚れの凄まじさたるや、桶の水換え回数は思い返したくもない。
この風と陽光なら洗濯物も気持ち良く乾くだろう。
満足気に息を吐く。
悦に浸るのに区切りをつけて空になった籠や桶を抱えあげ、桶に溜まった水をパッパと払う。
掃除は雪村の坊っちゃんがしてくれていたはずだが、他にも仕事や手伝いは残っているだろうか。
午前の仕事が終わりなら午後の仕事を繰り上げても良いだろう。
いや、坊っちゃんを軽いティータイムに誘ってみるのも悪くないか。
機嫌よく鼻歌交じりに歩を進めようとしていた足を止め、無意識に考えていた内容に苦笑を漏らした。

『…もうすっかり慣れてきちゃったな、ここの暮らし。』

すっかり小姓の仕事が染み付いてきているのは良い事なのか悪いのか複雑なもので。
…新選組に逆らおうにも逆らえない立場なのだからどうしようもない。
歯向かおうものなら殺されてしまう。
郷に入っては郷に従え、…と自分を騙し騙しでここまで来たが。

ふと視界の端に影が映り込んだ。
思わずその影の方へ向き直って見れば、ひらりひらり、小さな羽が宙をゆく。
ここ数日で見かける様になった愛らしい春の便りに、私は既に辟易していた。

『…君じゃないんだよなぁ。』

同じ蝶でも、私が求めているのは別の蝶なわけで。
あの捕物の夜から、私はあの蝶を見る事すらできていない。
心ともなく袈裟の上から喉頸を撫でる。
前川邸。
私以外に唯一、蝶を視認した赤眼達。
やはり行くしかないのだろうか。
しかしあの場所の危険さは身をもって知っているし、新選組に見つかれば次こそ殺されてしまう。

小さな蝶はお呼びじゃないと言われて腹を立てたに違いない。
私の眼前でこれ見よがしに羽を翻したかと思えば、揺らめく白と白の波間を潜って飛び去って行った。
私も好きで君を貶したわけじゃないという事を理解してほしい。
この数ヶ月、せめてあの蝶を再び見つける切っ掛けになった新選組の元に身を寄せれば、また何か起きてくれるのではと期待していたのに。
一向に進展が見えないこの状況。

…何か起こってくれないか、と神頼みしたのが悪いのか。

『……!?』


意識外からの強い衝撃に体がつんのめる。
側頭部に広がる痛みと共に私の視界は真っ暗になった。

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