幕間

静かに息を吐くと、北上はある一室に向かって声をかける。

『失礼します。体調の方はどうですか。』

部屋の主から返答は返ってこない。

『美味しいお茶菓子を頂いたんですよ、一緒に食べませんか?あれから稽古も頑張ってるんですよ、私。…お話、できませんか?』

前々からわかっていた事ではあったが。

『…今日は難しいでしょうか。わかりました。また来ますね、山南さん。』

北上清虎はやはりどこか変わっている。

反応の返ってこない部屋に軽く頭を下げた北上は、何事も無かった様にその場から歩き出す。
その廊下ですれ違う隊士達数人に軽く会釈をし、入れ違いに廊下の角にその姿が消えると、その場にいた隊士達は一様に眉根を寄せた。

「本当、よくやるよなぁ、あいつ。」

一人がぼそりと呟くと、その他も同様に頷き返した。
ひそひそと話しているつもりなのであろうが、遠くから聞こえる子供の声や鳥の囀りよりも静けさの方が勝っているこの場所では思いの外よく声が通る。
隊に入って日の浅い者達なのであろう彼らは、それを知らずに話続けた。

「総長が、その、…ああなってから連日だぜ?」

「俺達は散々気を遣ってるのに、何を考えてんだか…。まあ元より何考えてるのかわからん奴だったが。」

「まったくだ。そういやお前、奴の顔見た事あるか?酷い醜男だったって十番隊の奴が言ってたぞ、昔の流行病で顔が爛れてるんだと。だから顔を隠してんだと。」

「本当かよそれ?俺が聞いたやつは火傷だったぞ。顔が熔けて鼻がねぇんだ。」

「いいや、飯の時に見た事ある。鼻はあった。」

各々が北上に対しての不満を口にする。
しかしそのほとんどは真偽も定かではない誹謗に近いものが多く、どちらかと言えば日頃の鬱憤の捌け口とされている様なものだった。
集団において立場が弱い者にどうしても付き纏う難事ではあるが、だからといって放置はできない。
不満があるなら、本人に直接言えばよいものを。
何より男として、自分の性分に合わなかった。
ヘラヘラと笑いながら歩く男達の前に躍り出てみれば、彼らは明らかに顔を引き攣らせる。

「な、永倉組長…。」

一言二言と喝を入れれば、バツの悪そうな顔ですごすごとその場から立ち去っていった。
その背中を見て思わず舌打ちをしそうになる。
しかし、完全に非があるのが彼らだけではないのも事実だ。
北上が何を考えているのか、確かめる必要があるだろう。
…それがとんでもなく難しい相手なのが問題だが。
どうしたものかと考えながら、俺はその場を後にした。


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