憂色の手簡


周りが騒がしい中、私は一人で黙考していた。

「北上さん。どうかしましたか?」

『…ああ、大丈夫です。なんでもないですよ、坊っちゃん。 』

私に声をかけた雪村千鶴は、安心した様に微笑んでから再び箸を握る。
いつも通りの夕食の時間。
ここ数日は土方などの幹部数人は出張していて不在だが、騒々しくも和気藹々とした空気は普段とあまり変わらない。
…変わらないのだが。
汁物を啜りつつ、食事の席に付いている斎藤一を見た。

今日の昼間、私は斎藤一に首を刎ねられそうになっている雪村千鶴を目撃した。
甲高い金属音は、彼が普段から大事にしている小太刀が弾かれた音だったらしい。
彼らの足元にそれらしき刀が転がっていた。
喉元ギリギリで止められた刃に思わず息を飲んだが、どうやら本気の斬り合いではなかったらしく斎藤はすぐに刀を収めた。
私闘は切腹という決まりがあるのだし、それはすぐにわかったのだが。

…なんで、外出禁止令がこの子にも…?

なぜ、その状況になっているかが問題だった。
彼らから私の位置はギリギリ死角だったのだろう。
その場にいた私は、沖田も入れた彼ら三人の会話を静かに聞いていた。
要約すれば、雪村が新選組の巡察に同行できるかの実力テストの様な物だったらしい。
まだその情報だけなら、巡察は小姓には危ないからだろう、などと安直に理解をしていただろう。

…彼に、外出禁止令が出ているという言葉を聞くまではだ。

私は雪村千鶴について、“新選組で預かっている蘭方医の息子で土方歳三の小姓として働いている”としか聞いていない。
確かに今思えば、買い出しなどは隊士の当番制だったから仕方ないとしても、彼が屯所の外に出るところを見た事が無かった。
この時代の知識に疎い私は、てっきり小姓の仕事というのは屋敷に詰めているのが当たり前なのかと思ってしまっていたが。

隣に座る雪村を横目に盗み見る。
周りのどんちゃん騒ぎに苦笑いしつつ、おとなしく食事している彼を見た私は頭を捻らせた。

彼は非常に良い子だし、罰を受ける様な事をするようにはとても見えない。
それに、なぜ彼はわざわざ“巡察”に同行したいのだろう。
外出したいだけならば、ただ外出許可をもらえば良いのだ。
巡察に拘る理由に、何があるのだろうか。

考えてみれば、色々な疑問が沸いてくる。

新選組はどうして蘭方医の息子を預かっているのか?
客人に近い待遇を受けてもおかしくない状況の彼が、なぜ小姓をしているのか?
彼はなぜ新選組にいるのか?
…わからない事が多すぎた。

どうして私は、今までこんな大量にある疑問に気がつかなかったのだろう。

悶々とした気持ちで汁物に口をつけていれば、いつの間にかお椀が空になっていた。
まだ他のおかずには手をつけていない。
行儀の悪い事をしてしまったなと思いつつ、今度は焼き魚の身をほぐそうと箸を動かした。

…考えてもわからない物は仕方ない。
食事の後にでも、本人に直接聞けば良いだろう。
黙々と箸を動かしていれば、ふと視線を感じて顔を上げる。
先程の私よろしく、斎藤がこちらに向けて視線を送っていた。
じろじろと見ていたつもりではないが、私の視線にでも気がついたのだろう。
変に勘づかれるのも面倒だと素知らぬ振りで首を傾げると、彼は何事も無かった様に隣の膳からおかずを掠め取る作業に戻った。

斎藤を見て思い出したが、私の隣に座る雪村は彼から巡察に同行しても問題ないというお墨付きを貰ったらしい。
私よりも小柄で、手足も細いこの男の子がかなりの実力者だったとは…。
荒事からは無縁そうな雰囲気なのに。
本当に、人とは見かけによらない物だ。
最近からとはいえ、普段から稽古をしている自分からすればかなりの衝撃だった。

『私も、もっと頑張らないとなぁ…。』

私の独り言に、雪村はきょとんとした瞳で不思議そうにこちらを見つめてくる。
とてもかわいい。

…違う違う、そうじゃない!!

雑念を祓うかの様に頭を振る。
こんな可愛げがまだまだ残っている様な子に負けていてはどうするんだ、私。
こんな若い子でもできるのだ。
剣術を、ギリギリ護身程度の腕からさらに上達しなくては。
せめて、まずは手合わせの約束をしてくれた山南さんに対して恥をかかない程度には。

決意を新たに、早く稽古に戻ろうと箸の進んでいなかった食事に手を伸ばせば、広間の襖が静かに開かれる。

そこに立っている井上源三郎の顔は、いつもの穏やかな笑みはなく、どことなく暗い。



…彼の手には、一通の書簡が握られていた。



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