憂色の手簡

「…それで、その後はどうなったんだ?」

『それがですね、その後も長いお話が続いて大変だったんですよ。』

木刀を握り直し、覚えた事を思い出しながら構えを取る。

「…君の癖だが、支えられるからと言って利き手だけに力を入れすぎるな。踏み込みも甘い。」

木刀で軽く太腿を叩かれ、私はもう一度始めから構え直した。
その動きをまじまじ観察しながら、彼は私に続きを話す様に促した。

『簡単に言うと、どうしてあの日に新選組に戻って来たのか聞かれました。外に出たなら、そのまま京の外へ逃げれただろうって。』

「…それはそうだろう。話を聞いた時は俺も驚いた。」

今度は背中をつつかれ、背筋を伸ばす。

「普通の人間が君の立場だったらまず間違いなく逃げ出しているところだ。…やはり君は変わってるな。」

『やだなぁ。私はおつかいに行っただけです。山南さんにも言いましたけど、旅は辞めるって約束したんですし。逃げませんよ…って、痛っ!!』

ビシッと強めに腕を叩かれ、思わず木刀から手を放すと足元で軽く砂埃が舞った。
叩かれた腕を軽く振りつつ木刀を拾い上げる。
顔を上げれば、山崎丞が苦笑いを浮かべていた。

「もし本気で言っているなら相当律儀な人間なんだろうな、君は。」

『…というか、ちゃんと私が戻って来るって最初からわかってたでしょう、山南さん達。』

「…なぜ、そんな事がわかる?」

『だって、私が自分の荷物を自室に丸ごと置いて行ったのを知ってたでしょう?もちろん胡蝶蓮もです。だから罰もそこまで重くなかった。』

「…使いの免罪符と合わせて罰が軽く済む、と言う想定をしてでの犯行という事か…。」

返答を適当な笑いで誤魔化せば、肯定も追求もするつもりはないのか小さく溜息をついて彼は縁側に腰掛けた。
剣術稽古は一時休憩という事かと理解した私は、とりあえず山崎の元へと歩み寄る。

「とりあえず、基本の動きは覚えてもらえた様だが。まだ周りに気を取られやすい。細かい癖も抜けていないのが問題だな、北上君は。」

『うーん、難しいですね。話しかけられるとどうにも。』

かれこれ何度か山崎から剣術指南を受けていたが、やはり簡単には上達はしないらしい。
毎回丁寧に教えてくれる彼に申し訳ないと思いつつ、うまくいかない事に少々苛ついてしまう。
ずり落ちていた口布を多少強引に引き上げながら山崎の隣に腰かけた。
そんな様子を見て、山崎は軽く笑いながらこちらに手拭いを差し出してくれたのでありがたく受け取った。

「そんなに気を立たせる事も無いじゃないか。護身程度ならば問題無いくらいにはなっている。この短期間でよくやった方だろう。」

『…目標は、打倒沖田さんなんですけど…。』

「…それなんだが。君は前線に立つ事は無いのだから、ある程度妥協してもいいと思うんだが…。」

山崎の言うこともわからないわけじゃないが、ここで止めたら沖田に鼻で笑われそうな気がする。

『あ、それと…。』

廊下から重量を感じる振動と共に近づいてくる足音に、私は口を閉じた。

「山崎君に北上君、稽古の方はどうですか?」

穏やかな声に振り返ると、そこには新選組一番と言えるほどの巨漢が立っていた。

『島田さん、こんにちは。』

こちらの会釈に笑顔で返した島田魁は、山崎とも一言二言言葉を交わしつつ私の横に腰を下ろす。
同じ監察方の同僚でもあるからか、彼らは仲が良い様だった。
島田の横には、当たり前の様に切り分けた羊羹やら茶道具が乗せられた盆がある。

「島田君、また甘味を持ってきたのか?」

「ええ、お二人とも休憩されてたのでちょうど良かった様ですね。」

『今日は羊羹ですか?』

「そうですよ。北上君が気に入っていた店の物が手に入ったので持ってきたのです。」

『本当ですか!?ありがとうございます!!』

横にいる山崎が、島田に対し甘味で私を甘やかすなとか寒い洒落の様な小言を呟いているのを聞き流して人数分の湯呑に茶を注ぐ。
最早このやり取りは稽古の度の恒例イベントとなっていた。
ぼんやりとした色の空は、少し肌寒い風を運んでくる。
体を動かしていたとはいえ、湯気が立ち上る温かいお茶はじんわりと体の芯に染み込んだ。
そのまま嬉々として羊羹を口に運ぶ。

『あ〜、幸せの味だぁ…。 』

少々大きめの一口として放り込まれた羊羹をもごもごと咀嚼すると、島田が満足そうにうんうんと頷く。
近藤や原田達などもそうだが、新選組の人間は人が物を食べるところを見るのが好きらしい。
満面の笑みだ。

「北上君…。これだから周りの人間が毎回喜んで甘味やら何やらを持ち寄ってしまうんだ。甘味ばかりでは体に悪い。」

「まあまあ、たまにはいいじゃないですか。彼の今までの事を聞いていたら、甘味で喜んでくれる姿を見ているだけでもこちらは嬉しくなるんですよ。」

『……?』

やれやれと眉間を押さえる山崎を島田が宥めている。
話からして、島田は普段は屯所を出れない(先日脱走はした)私の事を気遣ってくれているのだろうか。
それと、山崎が言う甘味の食べ過ぎも、確かに考え物だ。
思い返してみれば、最近よく近藤や幹部から菓子をもらうことが多い。
ちょっと気にするべきだろうか。
…主に体重的な意味で。
幸せな気分は急降下、体重の事を考えて青ざめた。
運動量が限られるここでの生活でこれを続けていたらどうなるか…。
とりあえず、口に入れてしまった物はしょうがないので口にしていた羊羹はしっかり味わいつつ手近に置いていた木刀を握りしめる。
この時代、体重計なんてあったりするのだろうか。

「ところで、稽古の成果はどうですか?北上君。」

美味しそうに羊羹を頬張る島田からの問いに、私は思わず捻る。

『…沖田さんにボコボコされた時よりかは幾らかマシになったと断言できる、はず?』

微妙。
それに尽きる。
知識皆無の状態から基本の形までは覚えられたが、どうにもその先にステップアップできずにいた。

『山崎さんには、護身程度なら大丈夫とは言ってもらえたんですけど…。』

「剣術はそんなすぐには上達しない物です。そこまで焦らなくても大丈夫ですよ。」

大きな手で肩を軽く叩かれる。
そういうものとは理解していても、わざわざ山崎に時間を割いてもらって稽古をしている身としては申し訳ない。
目標が打倒沖田という事もあって、なおさら自分の実力に不満を抱かずにはいられないのだ。

『私の場合、最近期限付きになっちゃったのもあって、このままだとまずいんですよねぇ。』

頬杖をつきながらぼやけば、丁寧に一口大に切り分けた羊羹を口にしようとしていた山崎が聞き返す。

「期限?」

『そうなんですよ。新選組での仕事や生活はどうだとか色々聞かれたので、稽古の事を話してみたんです。そしたら出張から帰ったら腕試しをしてくれるって話になって。』

「その相手と言うのは?」

『山南さんです。“仮にも新選組の一員として剣の稽古に励んでいるのは良い事です。私もこれで腕に覚えはありますから、北上君さえよければ一度手合わせでもしましょうか。”って。』

「…俺はそれを、君から聞いていないんだが。」

『先程の話の続きでしたし。』

「…北上君…。」

『…えへ。』

羊羹に気を取られて見事に伝え損ねていた。
私の山南の声真似か、山崎との会話のやり取りがツボに入ったのかはわからないが、腹を抱えて島田は笑っている。
それに対し目元を引くつかせている山崎を見て、これは少々気まずいぞと私はゆっくり立ち上がる。

ちょうど、その時だった。

『………?』

少し離れた場所から、高い金属音が響いた。
隊士達が訓練に使っている木刀の音とはまったく違う音だ。

背筋にビリビリとした感覚が通り抜け、ぶるりと身体を震わせた。

「北上君…?」

目を丸くした観察方の二人よりも早く、思わず私は音が聞こえた場所へと足を急がせた。


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