憂色の手簡

座布団とは、偉大な物だったのだなぁ。

「…未だに、御自分の立場を理解していないようですね?」

畳の上で痺れまくる足の感覚をどうにかしようにも、目の前に座る山南敬助からの眼鏡越しの眼光に身動きが取れない北上美涼はぼんやりとそんな事を考える。

藤堂のおつかいの代役を利用して新選組を脱走した私は、帰宅早々に山南の自室へと強制連行された。
藤堂の方は土方が担当しているらしく、分担してでのお説教らしい。
藤堂もちょっと油断しすぎだったのではと思ったが、彼も私の行動による被害者と言えるので申し訳ないとは感じている。

「…小姓としての働きは、雪村君と同様によくやってくれているのは認めましょう。」

丸眼鏡を指先で上げ直しながら、山南は溜息をつく。

「今回の藤堂君の代役というのも、本来ならば、だらしのない上司の仕事を進んで買ってでるとは、心配りのできる小姓ですね≠ネどと一言労っても良かったかもしれません。」

『…あ、ありがとうございます…?』

「…貴方が普通≠フ小姓だったならば、の話ですよ。北上君。」

恐る恐る反応を返せば、丸眼鏡がギラリと光を反射した。

「何度も伝えたと思いますが、貴方はこの新選組で秘密裏に身柄を拘束されているという立場です。便宜上の肩書きとして小姓の役名が与えられているにすぎません。」

山南からの言葉の重圧に、正座で縮こまる事しかできない。
うつむくなりして視線を逸らしたいのだが、人の目を見なさい、とまた静かに喝を入れられてしまうだろう。
この部屋に来て、既にかれこれ二回は喝を入れられている。
ここはじっと耐えるしかなかった。

「他の隊士と同じ様に行動してもらっては困るのです。何度言ったらわかるのですか?前々から隊士とできるだけ接触するなと言っているのに、自分から声をかけたり、道場では騒ぎを起こして…。」

ぎりぎりと音がしそうな程に山南の膝の上に置かれた拳が握られる。

「そして今度は屯所の外へ勝手に出歩くとは…!!」

『う…。』

ぐうの音も出ない。
他の隊士との件はただ挨拶と世間話をしてただけだとか、道場での騒ぎはそもそも組長連中がとか、色々言いたい事はあるが火に油を注ぐだけだろう。

『…反省、してます…。』

「なんです?声が小さくて聞こえませんが。」

『反省してます!!…すみませんでした!!!』

勢い良く頭を下げる。
脱走した時にこうなる事は目に見えていたが、やはりきついものはきつい。
まだボコボコに折檻されていないだけありがたいと思って頭を下げよう。
…この説教が終わった次に折檻されるのかもしれないが。

「…全く、君は…。もういいですよ、顔を上げてください。」

ゆっくりと、顔を上げる。
眉間に皺がいくらか残っているものの、冷気を感じさせる瞳はようやく鳴りをひそめていた。
心の中でほっと息を吐いた。
長々と続いた説教から、いよいよ解放してもらえそうだ。

「疲れたでしょう。もう足を崩してもらっても構いませんよ。」

『え、…いいんですか? 』

山南からのまさかの声かけに、思わず聞き返してしまった。
彼は軽く笑みを浮かべながら、邪魔にならないようによけて置いてあった座布団の一枚をこちらに手渡した。
…座布団?

「ええ、新選組の総長としての説教はここまでです。」

『…総長として?』

痺れた足を伸ばし、早々に退室しようと思っていた私は理解が追いつかずに後退る。
嫌な予感しかしない。

「ここからは私個人のお話ですから。ささ、北上君、こちらへ。」

…そういう事か。
にこやかに笑う山南に対して、嫌だと言えるはずもなく。
私は痺れた足を引きずりながら山南の前と座り直した。


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