抜け出た先の新たな縁

『いいんですか、荷物持ちなんてさせてしまって…?』

私が路地裏でぶつかってしまった、強面の男。

「気にする事はありません。私からやると申し出たのです。」

彼は見た目に反してとても紳士だった。

勢い良くぶつかってしまったのに怒りもせず、私の大荷物を見て運ぶのを手伝う≠ニ申し出たこの男。
人は見た目じゃないとはよく言ったものだ。
一瞬でも、彼に裏路地で袋叩きにされると思った私を殴りたい。

『それは気にしますよ、近い内にお礼できれば良いのですが。』

一通り頭を下げまくった後、お言葉に甘えて彼に手荷物を持ってもらい無事に帰路についているわけだが、彼はその体格の良さからか軽々と荷物を運んでいて驚いた。

西日によって赤く染まる道を並んで歩きながら、それとなく男の姿を横目でもう一度確認する。

赤い頭髪に青の瞳、彫りの深い顔のため異国の人間の様にも見えるが、彼の口からは丁寧で流暢な日本語が話される。
年長者特有といった落ち着き、寡黙な雰囲気を纏う大柄な体格から武士なのかと思いきや、この男は刀を差していなかった。
筋骨隆々としているため鍛えているものだと思うのだが、この時代の武士が刀を差していないというのはあまり聞いた事がない。
彼は普段から刀を持って生活していないと考えるのが妥当だろう。
…本当に、人は見かけによらないと思う。

「…それにしても、よくこれほど重い荷物をお一人で。大変ではありませんでしたか。」

…普段なら、見知らぬ相手に声をかけられたとしても極力関わりあわないようにしているが、なぜかこの男からは恐れや警戒心がそれほど湧かない。
…刀を持っていないからだろうか。
それとも、根拠もなく彼を良い人と感じているからか。

『生まれつき力だけは強いんですけど、両手が塞がって動きづらかったので手伝ってもらえたのはとても助かりました。ふらついて転ぶところでしたし。』

「…生まれつき、ですか。」

『…?、ええ。こう見えても、力だけは人一倍あって。』

何気ない会話をしながら歩いていれば、彼は急に口を開くのをやめ、ただこちらをじっと見つめてくる。
…私は何か、彼の気に障る様な事を口にしたのだろうか。

『…どうかしましたか?』

「いえ…。」

首を横に振った割には、妙に釈然としない気がする。
ゆっくりと、比較的和やかだったこの場の空気が変化していく感覚に、背負い籠の肩紐を握る手に力が入る。

「…貴方、生まれはどのあたりでしたか。」

『…あの、実はどこの出身かは正直わからないんです。最近までは旅をしていましたし…。』

…この空気には覚えがある。

「そうですか、旅を…。もう一つ気になっていたのですが、貴方は顔を隠している様ですね。何か、理由でも?」

『…人に見られるのが、少々苦手で。』

土方や山南が、私の事を詮索している時と感覚が酷似している。
なんとも言えない居心地の悪さに、私は男から目を逸らして夕暮れの道に視線を移した。

『も、もうそろそろ目的地が見えてくる頃ですよ。…ほら、あそこです!』

なんとも苦手な空気を無理に振り払い、道の先にようやく見えてきた新選組屯所の門を指さす。
相手もその先に視線を移し、再び元の空気に戻っていく夕暮れの道に私は小さく息を吐いた。

「あれは…、新選組の屯所ですね。」

『はい、今はそこでお世話になっているんです。』

ここからならもう一人でも戻れると男から荷物を受け取り、それを落とさない様に気をつけながら頭を下げる。

『手伝ってくれて本当にありがとうございました。…あれ?そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。』

いつかはお礼をしたいと言っておきながら、まだお互いの名を名乗っていない事に今まで気づかなかった。

『私は北上清虎、貴方の名前も伺っても?』

不思議な事だが、あまりにも自然にその事を忘れていたらしい。

「名乗り遅れて申し訳ない。私の名は天霧九寿。」

天霧の言葉に頷いた瞬間、急に吹いた突風に思わず私は目を閉じる。

「…また会いましょう、北上清虎。」

返事を返そうにも口が開かない。
今日はそこまで風が強くなかったのにと顔をしかめたところで、風が止むと同時に背後から誰かが私の肩を強く掴む。

「清虎ッ!お前どこに行ってたんだよ!?」

『…どこって、藤堂さんから買い出しを任されてたんです。』

恐る恐る振り向くと、そこには肩で息をしている原田の姿があった。
この様子からして、彼は脱走した私を探し回っていたらしい。
私があらかじめ用意していた名分を口にすれば、大きな手のひらが私の頭を軽く叩く。
少々呆れた様子でため息をついた原田は、ふと私の手元に視線を止めた。

「…その荷物、もしかして一人で運んだのか?」

私の手元や背負った籠の荷物を見て、彼は大量の荷物を私がたった一人で運んで来たものと驚いているらしい。
最初は私も一人で運ぶつもりだったが、その方法を選んでいた場合、私はまだ屯所にたどり着けてはいなかっただろう。

『いえ、実は親切な方が手伝ってくれて、…あれ?』

その人物を紹介しようと元来た道へ顔を向けるが、そこには誰もいなかった。
辺りを見回して大柄な男の影を探すも、私の目の前で怪訝そうな顔をしている新選組幹部以外に当てはまる姿はない。
先ほどまでは傍にいたのに、天霧の姿はどこにもなかった。

『…神隠し?』

あっという間に立ち去ったと言うより、跡形もなく消えたといった感じだ。

「…よくわからねぇが、一人じゃなかったって事か。良かったな、親切な人に助けてもらって。」

首を傾げていた私を見て、原田は私の頭に手のひらを乗せながら笑みを浮かべる。

「浪士に絡まれたり道端で倒れてるんじゃねぇかって、みんなお前の事を心配してたんだからな?」

『倒れてるって、私はそんなにヤワじゃないですよ?』

「何言ってんだ、強がってんじゃねえよ。…ほら、屯所に帰るぞ?」

私の手から荷物を受け取った原田は、屯所に向かって歩き出したかと思えば少し離れた所で立ち止まった。
私を屯所に無理矢理連れ戻すわけではなく、彼は私が自らついて来るのを待っているらしい。
元より逃げるつもりはないので問題はないが、少々甘いのではないだろうかと思えてしまう。
籠をしっかりと背負い直し早足で原田の隣に駆け寄ると、彼は満足そうに口元に弧を描いた。

「まぁ、心配させた分、平助と一緒に土方さんのお説教が待ってるっていうのは覚悟しとけよ?」

『それについては覚悟してはいましたが…。土方さんは、甘い物ってお好きでしたっけ?』

「…団子数本で甘くなる程度の人間が、鬼副長なんて呼ばれると思うか?」

予想はしていたが、どうやら鬼副長にお土産は通用しないらしい。
それでも、軟禁中の人間が脱走したというのに説教だけで済ませるというのは、だいぶ甘い方かと思うが。

『…ふむ、さっそく策が尽きてしまいましたね。お説教はやだな〜。』

わざとらしく項垂れてみれば、大きな手のひらで頭を少々荒く撫でられる。
袈裟の位置が少しずれ、その下にある髪が乱れるのは非常にうっとおしいが、なぜか嫌とは感じない。

「仕方ねぇんだから諦めろって。その内また外に出れる機会があったら俺が連れてってやるから、今は我慢してくれ。」

『…約束ですよ。』

「ああ、約束だ。それまではいい子にして待ってるんだぞ、清虎?」

昔、子供の頃にお父さんとこんなやり取りをした気がする。
子供扱いされている感覚にくすぐったさを覚えながら、笑顔で頭を撫でる男に頷いた私は夕日の色にうっすらと染まる門をくぐった。

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