病弱者と天ノ弱


木刀がぶつかり合う音、ちらちらとこちらに向けられる新選組隊士達の視線。

『…あー、恥ずかしい…。』

少しだけ埃っぽく感じられる壁際で三角座りをしていた北上美涼は、不意に今朝のとある出来事を思い出すとその顔を膝にうずめる。

昨日の沖田との試合によりこの上ない悔しさを味わった私は、今までの自分を情けなく思うと同時に沖田へのリベンジに燃えていた。
まあ、その試合後でボロボロだった私を偶然見つけ、羞恥心により逃走を計った私を捕獲し手当てしてくれた山崎に稽古をつけてもらう事になったのは、昨日で唯一の良い出来事ではある。
しかし、腕や頬に塗られた薬の強烈な刺激を我慢しながら山崎の話を聞いてみれば、稽古を始められるのは明日からという事らしい。
そこで、私は少しでも体力をつけておこうかと今朝は随分と早起きをして筋力トレーニングに励んでみたのだ。
屯所での軟禁生活のおかげで体がなまっていて、個人的にとても気分が良かった。
だが、思いのほか熱中しすぎた私は毎回欠かさずに顔を出していた食事の準備を忘れてしまっていたのだ。
それに気づき急いで汗だくになった露伴を脱ぎ捨て、着替えをしていたところで私の自室に雪村の坊っちゃんがやってきた。

…ここからの展開が、恐らく私の今日一日で最高の汚点だ。

無断で手伝いをさぼったのだから、彼は怒っているだろう。
幸運にも袈裟を被るだけで着替えは完了というところだった私は、袈裟を被りながら急いで自室を出ようとして盛大に転んだのである。
原因は、筋トレのマット代わりにと敷いたままにしていた煎餅布団に足を取られたという情けないものだった。
見事に背中から畳に倒れ込み、その衝撃が昨日の試合による痣に響いて動けなくなっていたところを雪村の坊っちゃんに助けられた。
うずくまっていたからよくわからないが、きっと彼は私の情けない姿を見てしまったに違いない。
とりあえず、こんなかっこ悪いところを見られて他人に話されたものならたまったものではなく、茶髪の新選組幹部の耳に入ったら最悪だったため、坊っちゃんに口止めをさせてもらった。
終始恥ずかしくてまともに彼の顔を見れず、背を向けてしまったのは申し訳なかった。

…しかし、それだけでは終わらない。

その後、いつもより遅れて席に着いた食事の場で、急に土方や山南から
今日は自室でおとなしくしていろ
と告げられたのだ。
いきなりの事に理由を聞けば、私が無許可で道場に行って好き放題した罰という事らしかった。
…私を道場に引きずっていったのは新選組幹部の仲良しトリオであり、主に好き放題していたのは茶髪の組長だったと記憶していたのだが、非常に不満である。
しかし、それを告げる土方の表情は普段の説教をしている時とは大きく違うと私は感じていた。
どちらかといえば、怒るというより
今日は仕事を休め
と土方から回りくどく言われたような気がしてならない。
きっと、雪村の坊っちゃんが幹部達に何かしら伝えてしまったのではないかと思うのだが、一体何を言ったらこうなるのかが謎である。
…私はすっ転んだだけなのだが。
それにしても、あの壬生狼と呼ばれた新選組の幹部達は随分と心配症すぎるのではないか。
私はいたって健康体であるのに気を使われるのはなんとも不思議である。

「恥ずかしいって、何かあったのか?」

『そうですね、色々とありますよ。…昨日の試合とか?』

膝に顔をうずめたまま考え込んでいた私は、自分の隣から聞こえてくる声に顔を上げた。
私と並んで腰を下ろしていた男は、私の返答に笑みを浮かべてそんな事はないと左右に首を振る。

朝食後、私は新選組幹部達の言いつけ通りに自室で時間を潰していたのだが、暇すぎる空間に耐えられずに部屋の外へと踏み出した。
ゆっくり散歩でもしようかと屯所の敷地内を歩き回っていたところで、一人の新選組隊士に声をかけられた。
吉田太吉と名乗るその男は半年ほど前に新選組に入隊したばかりだという隊士で、昨日の沖田との試合を偶然見ていたらしい。
そして、今日はこれまた偶然にも散歩中の私を見かけたため、彼は私に声をかけたのだという。
そこから世間話をした流れで剣術の話題に移り、剣術を鍛えたいなら道場で見学でもしてみたらどうだと誘われたため、私は今道場にいるのである。
吉田からの提案は、剣の腕を少しでも上げたかった私にとって絶好の機会だった。
今日はまだ新選組幹部達が道場に来ていなかったから良いのだが、彼らに私が道場にいるところを見られたら面倒な事になるのは確実なので、もうしばらくしたら道場から退散するつもりではいるが。

「北上君はよくやってたよ。あの沖田先生にあそこまで食いついていく奴はそうそういないさ。」

『やだなぁ、ただの負けず嫌いってだけですよ?それは過大評価です。』

「ははは、そんなことないって!北上君は筋は悪くないんだから、剣術稽古を始めればすぐに上達すると思うな。」

明るい笑顔で話しかけてくる吉田は、私の肩に優しく手を置いた。
気が利いて明るく、笑顔も爽やか。
まさに好青年という様な彼だが、私より一つ年上というだけで歳が近い事もあり、非常に話しやすかった。
最近は新選組幹部達ぐらいとしか話していなかったためなのか、彼との会話はとても新鮮に感じられる。

「おーい、何やってんだ吉田。隣にいんのは昨日の新入りかー?」

「ああ!一緒に見取り稽古でもしようかと思ってさ!」

「そうか、二人とも頑張れよ。」

吉田は隊士達の間でも人気があるらしく、道場に来てからはよく他の隊士に話しかけられていた。
その際に私も彼らに挨拶ができて丁度良かったが、なぜ吉田みたいな男が私なんかに声をかけてくれたのか。

「…ところで北上君、君はここに来る前は旅をしていたんだってね。色々と聞かせてくれないかな?」

いつの間にか他の隊士との会話を切り上げた吉田を見ると、私が旅をしていた頃の話に興味があるのか目を輝かせていた。
…私にここまで関わりあおうとするのは、これが理由なのだろう。

『…そうだなぁ、あまり面白くはないと思いますよ?』

「なんでもいいんだ。俺達は滅多に京から出られないし、そういった話が好きなんだ。」

『そうなんですか?』

「そうさ!他にも君に聞きたいことが山ほどある。」

見取り稽古となっていたはずなのだが、私の方へ向き直る様にしてこちらに体を向ける吉田。
…ここまで私の旅について興味を持っている彼に、一体何を話せば良いのだろう。
彼と同じように体の向きを変え、腕を組んで少々考え込んでから口を開こうと私が顔を上げた瞬間。
なぜか道場は不可解な空気に満たされていた。
道場特有の物音は一切止み、隊士達の動きが段々と止まっていく。
自分の目の前に座る吉田の視線は私ではなく、私の背後に向けられていた。

「駄目じゃない、北上君。勝手に部屋を抜け出しちゃ。」

背後から私の頭上に声をかけると同時に私の首根っこを掴んだ声の主は、私が悲鳴を上げる間も与えずに道場の外へと引きずっていく。

『…沖田さん、せめて引きずるのはやめてくれませんかね。』

いつの間に道場にやって来たのか、沖田が私の襟首を掴んで道場の床の上を引きずっている。
彼は私を自室に連れ戻しに来たらしいが、もっと他の方法はなかったのだろうか。

吉田や道場の隊士達にまともな挨拶もできないまま、沖田に引きずられて私は道場を後にした。

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