打てど手折れぬ対抗意識


『い、痛っ!痛いですよ!!』

「仕方がないだろう、少しは我慢してくれないか。」

痣だらけの二の腕に軟膏を塗られるのを嫌がる北上に対し、山崎が強い口調で窘める。

『私なんかに薬使ったらもったいないですから…。』

「何のために薬があると思っているんだ、君は!」

屯所で使用する薬をいくつか調合すべく井戸に水を汲みに訪れた山崎烝は、そこで全身痣だらけの北上清虎と遭遇した。
新選組で雪村千鶴と同じく小姓として働いているはずの彼が、なぜこの様な状態で井戸の傍に傷だらけで座り込んでいるのか。
怪我の原因を問いただそうと声をかけた瞬間、その場から逃げ出そうとした北上を難なく捕まえ自室に連れ戻した山崎は、治療を嫌がる彼を半ば押さえつける様にして薬をすり込んでいるのだった。

「…どうして、沖田さんとの試合をすぐにやめなかったんだ。」

『…あれを試合と呼べるかどうか怪しいところですが…。』

薬を塗り込んでいる二の腕には、いたるところに痣があり、擦り傷も多くできている。
骨にまで異常がないのには安心したが、怪我の原因を聞いてみれば、彼は随分と無茶をする。
こんな線の細い体で沖田との試合をよく続けられたものだ。
平隊士でもここまでやられるのは稀な事で、まずその前に試合を投げ出してしまう者もいそうなくらいだ。
腕だけでこの様子では、胴や足も酷い事になっているだろう。

『…悔しいでしょう?負けるのは。』

抵抗する事に疲れたのか諦めたのかはわからないが、ため息混じりに笑う北上。
なんとか両腕に薬を塗り終わった山崎は、北上の僅かに血が滲んでいる口布に目を止め顔をしかめた。

「体が悪いのに薬も治療も嫌い、平気で怪我をする。…君は自分の体を大事にしなさすぎだ!」

山崎の怒声に目を丸くする北上。
ため息をついた山崎は、動きが止まっている北上の口布を指先で素早く下ろすと、切れている唇の端に指の腹で薬を塗り込む。

『く、くすぐったい…。』

「北上君、喋ったら薬が塗りにくいじゃないか。」

『そんな事より、どうして、山崎さんが、私の体の、事を、知って…!』

「斎藤さんから、君の体の事を気にかけてやってくれないかと頼まれたんだ。」

『斎藤、さん、大袈裟です、から!』

口元に指を当てられ、もごもごと話しにくそうな北上を見ていた山崎。

“私は健康そのものだ”と主張してくる北上には悪いが、体格に釣り合わない見た目の細さと沖田との試合による怪我もあり、お世辞にも彼が健康体だとは山崎には思えなかった。

口元に薬を塗り終わると、頬の擦り傷へと違う薬を手に取る。
北上の顔を隠す長い前髪に山崎が手をかけようとしたところで、急にその手が掴まれた。
北上が掴む手を振りほどこうにも、力が強くてびくともしない。

『…その薬は特にしみそうだから遠慮します。』

彼は薬が嫌いなのもそうだが、恐らく自分の顔を見られるのを避けたのだろう。
…たしかに、気になる事ではある。
だが、警戒心がこうも強くてはまともに治療もできないではないか。

「…本当に君は、力が強いというのも困りものだな…!」

掴まれた腕を震わせる山崎が苦々しく呟くのを見て、北上は急にその手を放すと自分の手のひらを見つめた。

『…そうですね、困った事にはなってるか。』

「…北上君?」

『駄目だったんです、これだけじゃ。あの金平糖男に教えられたのは癪ですけど。』

ぽつりぽつりと独り言のように話し続ける彼を見て、山崎は放された手をそのままに首を傾げた。
それからの北上の呟きの内容は、ほとんど沖田への日頃の不満だった。
山崎は普段の彼を特定の人物以外には口数が少ない方だと思っていたため少々驚いた。
特定の人物とは、雪村千鶴や永倉達三人ぐらいだが、それでも比較的だ。
普段は口数が少ない方である北上が長々と口を開いて不満を漏らしているとは、それだけ沖田との試合の結果が悔しかったのだろう。

「…君さえよければ、俺も稽古に付き合うが。」

『本当ですか!』

「ああ、あまり時間はとれないかもしれないが…。」

『大丈夫ですよ、お願いします!!』

山崎からの申し出に、非常に嬉しそうに頷く北上を見て山崎は少々自分の目を疑った。
山崎は監察方という立場もあり、何度か北上を監視していたのだが、彼がこれほどまでに感情を露わにしていたのは雪村と二人で会話している時ぐらいしかなかったのだ。

「…そうか、ならば早くこの怪我を治す事が先決だな。」

よほど嬉しいのか口元に大きく弧を描いている北上の様子に、山崎もつられて頬を緩ませた。



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