打てど手折れぬ対抗意識


強く打ち込まれた木刀が、体に深くめり込む。

『…うぐッ、…!』

北上清虎は、その痛みに道場の床へと膝をついた。

「…北上さん…!!」

雪村は、その様子を観て思わず口元を手で押さえる。
今にも北上に駆け寄ろうとする彼女の肩を掴んでそれを制した永倉は、今もなお続いている北上と沖田の試合を見つめていた。

「何してるの?…立ちなよ。」

沖田からの挑発に、ふらつきながらも立ち上がって北上は木刀を構える。

この北上と沖田の一戦は、先ほどの藤堂との試合とは比べ物にならないほど一方的なものだった。

沖田は北上に休む間も与えずに木刀を振るい続ける。
北上は必死にそれに耐えるも、木刀で受け止めきれなかった斬撃は容赦なくその体に打ち込まれた。
時折、沖田は木刀を振るうのをやめてわざと北上に隙を与える。
北上が守りから攻めに動けば、沖田はその斬撃をいなすか回避を繰り返して北上の体勢を崩すと、無防備な体にも容赦なく木刀を叩き込んだ。

「…なぁ、大丈夫なのか?あの新入り…。」

「大丈夫なもんか、あそこまでやられたら体が持たねぇよ…。」

試合の様子に小声で話す隊士達を見て、永倉は目の前で体が持たない試合をしている男へと視線を戻す。

先ほどの藤堂の試合でもそうだったが、北上清虎には“力”という武器がある。
その腕力は、新選組幹部達からしても驚異的な物だった。
彼の全力で振るう刀をまともに受ければどうなるかわからず、迫り合いになればこちらの負けは確実と言っても間違いではない。
だからこそ、沖田は北上に木刀を振るえる隙を与えないのだ。
時折、北上を攻めに移させた後に体勢を崩しにかかるのは、彼の“体力”と“気力”を削る事が目的だろう。
体力を浪費すれば体が動くわけがなく、北上の武器である力を潰すと同時に防御も崩せるのだ。
沖田がこの様な試合運びをするのは当然だった。
実際、北上は試合を続けるにつれて、沖田の振るう木刀を受け止めるよりも体に打ち込まれる方が多くなっていた。

再び、北上の体が沖田の木刀によって道場の床へと沈められる。
もう、それが何度目なのかはわからない。

「原田さん、このままじゃ北上さんが…!」

いよいよ見ていられなくなったのか、雪村は自分を永倉と挟むように腰を下ろしている原田に訴えかけるが、原田は彼女の頭に手を置くだけだった。

「…これは二人の試合なんだ。俺達は何もできねぇし、しちゃいけない。」

「でも…!!」

「千鶴の気持ちもわかるが、…清虎はそんな事望んじゃいないみたいだぜ?」

原田の視線の先に顔を向け、雪村は息を呑んだ。
これも何度目なのか、北上が自分を打ち倒した相手に向けて木刀を構えているのだ。
それを見た沖田は、目の前の相手に呆れているのか楽しんでいるのか判別のつかない笑みを浮かべて木刀を振りかぶる。
再び、互いの木刀がぶつかり合う音が響いた。

「ほら、やるならちゃんと構えなよ!」

『……うッ…!!』

「よく、こんな剣の腕で今まで生きてこられたよね!」

沖田の言葉に何も答える事もできずに大きく肩を上下させている北上。
体力が限界に近いのか、激しく打ち込まれる木刀の勢いに押されていく。

「たしかに、北上君は力だけは強いみたいだけど…!」

対応に間に合わず、がら空きになっていた北上の横腹に沖田の木刀が深く沈み込んだ。
耐えきれなかった体はそのまま道場の床へと叩きつけられる。
酷く咳き込み、いよいよ体を起こす事ができずにいる北上の首元へ、沖田は木刀の切っ先を突きつけた。

「…通用しないよ、それだけじゃ。」

試合が、終わりを告げた。

沖田からの炯々とした眼光を受ける北上。
その手に握られたままの木刀を支えに立ち上がろうとするも上手く立てず、膝をついた状態から動けなかった。
袖口から覗く細い二の腕には多くのすり傷と痣が刻まれている。

「…清虎は力はあるんだけどな…。」

「…むしろ、“それだけ”って事だろ。」

試合の様子を見ていた藤堂と原田が呟く。
永倉も入れた三人が北上に向ける視線は厳しいものだった。

上がっていた息が落ち着いてきたのか、北上はゆっくりと立ち上がる。
沖田に向けて顔を上げた彼の口布には、僅かに血が滲んでいた。

『…ご指導、ありがとうございました。』

深く頭を下げる北上。
沖田はそれに対して特に言葉も返さず、永倉達が座っている壁際へと足を向けた。
それを見た北上は永倉達の方へと向き直って再び頭を下げる。
それから道場の入口付近に立っていた隊士に木刀を預けると、彼は足早に道場から立ち去った。

しばらく道場は静寂に包まれていたが、徐々に本来の賑やかさが戻り始める。

「待ってください、北上さん…っ!」

北上の後を追おうと雪村は慌てて立ち上がるが、彼女の腕を掴んで原田がそれを引き止めた。

「待てって、千鶴。清虎の事はしばらくほおっとけ。」

それを聞いた雪村は、いよいよ我慢ならないと声を荒げた。

「北上さんは怪我をしてるんですよ!?早く手当てしないと…!」

「清虎も男なんだ、擦り傷ぐらい唾つけときゃ治…。」

「でも、放っておけだなんて!!」

何気なく呟いた言葉が医者の娘である雪村の怒りに油を注ぎ、原田に続いて自分に向けられた怒声に永倉は仰け反った。

「あーもう、二人共言葉が足りないんだって!」

三人の様子を見かねた藤堂は道場の床から腰を上げると、雪村の耳元へと口を寄せる。

「左之さん達はさ、しばらく清虎の事はそっとしておいた方がいい…、って言いたいんだ。」

「そっと…?」

「千鶴にはわからないかもしんねぇけど、男には男の事情ってのがあるんだよ。」

藤堂は雪村に耳打ちするのをやめ、頭の後ろに腕を組んだ。

「…もし、俺が清虎だったら今は一人でいたいと思う。」

「まぁ、あそこまで打ちのめされたら恥ずかしくて人に顔を見せられないよね。」

いつの間にか藤堂のいた場所に腰を下ろした沖田が頬杖をつきながらぼやくのを見て、隣に座る原田が沖田を睨む。

「総司、お前は手加減がなさすぎだ。…清虎との試合を見てた隊士達が怖気づいてたんだぞ?」

「だって、手加減しても彼のためにはならないでしょ?彼自身も止めようとしなかったんだし。僕は北上君の事を思ってやってあげたのに、心外だなぁ。」

「…本当に、それだけか?」

善意によるものだと答える沖田に、原田は語気を強めた。

前々から、沖田は北上に対して侮蔑と好奇の入り混じる複雑な感情を持っている事に原田は気づいていた。
原田以外の三人も、先ほどの試合で沖田がその複雑な私情を持って木刀を振るっていた事を薄々感じ取ってはいたのである。

「…どちらにせよ、こんな事にも耐えられない様じゃ北上君はここではやっていけないよね。」

原田の問いかけに否定も肯定もせずに一言呟くと、沖田は立ち上がってその場から離れていく。

「…私は、北上さんなら大丈夫だと思います。」

離れていく沖田の背中を見つめる雪村。

「試合中、北上さんは一度も木刀から手を放してませんでした。だから…。」

彼女の言葉の通り、北上は試合中に何があっても木刀を手放そうとはしなかった。
どんなに膝をつき、体を床に叩きつけられようとも、北上自身は諦めるどころか最後まで自分の劣勢を覆そうとしていたのだ。
沖田は試合運びによって北上の体力を削る事はできたが、気力は削る事ができなかったと言える。
その様な男が、一度試合に負けたからといってすぐに諦めるのかと考えてみれば、

「…次は清虎から総司に挑んでくるんじゃねぇか?」

「やっぱり、新八っつぁんもそう思うか?」

「なんだ、お前らも同じこと考えてたのかよ。」

答えは否であった。

「とりあえず、清虎の今後に期待ってところだろうな。」

永倉達が顔を見合わせて笑う。
不安そうだった顔から少しばかり安心した様に息を吐いた雪村は、北上がいるであろう道場の外に視線を向けるのだった。

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