打てど手折れぬ対抗意識


「…おらぁッ!!」

大きなかけ声と共に、勢い良く振り下ろされた木刀をなんとか受け止める。

「なんだよ清虎!逃げてるだけじゃ終わんねぇぞ!!」

挑発的な言葉を叫び、私に向かって木刀を振るい続ける藤堂。
その何度も続く強い衝撃が二の腕に響く感覚に、思わず私は顔を歪めた。

北上美涼は今、新選組幹部である藤堂平助を相手に木刀を構えている。
本来ならば、今頃は自室でガムを噛みながら石田散薬の服用の切り抜け方を考えているか、雪村の自室へと遊びに行くはずだった。

数分前、任されていた屯所の掃除を一通り終えた美涼は自室へと戻る際、廊下で藤堂、原田、永倉の三人とすれ違ったためその三人に声をかけた。
挨拶だけのつもりだったのだが、三人から暇かどうかと尋ねられた彼女は何も考えずに頷いてしまい、丁度いいから清虎も道場に行こうとまたもや引きずられる様に道場に運ばれてしまったのだ。
その流れで##NAME1##は藤堂と打ち合いをする事になったのである。

『…このッ…!』

木刀を振るってくるのは新選組幹部、それをギリギリのところで受け止めている私は剣についてはこの時代で一番のド素人と言っても過言ではないだろう。
勝ち目がない。
しかし、私は仮にも“刀を持って旅をしていた男”という設定になっているのだから、この藤堂に押されまくっている状況は少しまずい気もする。

「何してんだ清虎!押し返せ!!」

「清虎に負けたら今夜の酒代はお前持ちだからな、平助!」

「お二人共、頑張ってください!!」

永倉と原田が私達に声援…と言うより賭け事をしているのか注文をしてくる。
その隣では、いつの間に連れて来られたのか雪村の坊っちゃんまでもが道場の床に座っていた。
あと、道場には元々数名の隊士がいた事は記憶しているが、

「やっちまえ、魁先生!!」

「おいおい、押されてるぞ新入り!それでも男か!!」

気づけばその数が増えている様に思えてならない。

「俺は藤堂組長に晩飯のおかず賭けてやるよ!」

「言ってくれるじゃねぇか?だったら俺は新入りに酒だ、酒を賭けてやらぁ!!」

…絶対に増えてるなこれは。

気がつけば、私達二人を取り囲む様に段々とこの試合にギャラリーができている様だった。
新入隊士と幹部の試合というのは彼らにとってそれなりの見せ物にはなるのだろうが、こんな一方的な試合の何が楽しいのか。
あと、新選組で賭博は禁止されていた気がするんだけど、…お金でなければ許されるのかもしれない。
本当に荒くれ者だなここの男達は。
…あれ、幹部達は酒代を賭けてなかったか?
一緒に巻き込まれて切腹させられたらどうするつもりだ。

「捕物の時の気合いとかは、どうしたんだよッ!!」

『…あれは!無我夢中、だったんですって、ば…ッ!!』

…いつでもあれを起こせるわけがないだろう。
あんな怪奇現象を日常茶飯事で起こせるのなら、とっくのとうに新選組幹部達を蹴散らして逃げているところだ。
一向に攻めに転じない私にいらついてきたのか、より速く攻めてくる藤堂。
私はそれをなんとか受け止める事しかできなかった。

私は剣術なんて一度も齧った事はない。
攻めに転じないのではなく、攻めに転じる事ができないのだ。
藤堂は身軽なのか動きが速く、“魁先生”の異名の如く何度もこちらに突っ込んでくるのだから私は攻めるも何も自分の身を守る事しかできない。
むしろ、藤堂の木刀を受け止められる事だけでも奇跡に近い。

一旦私から距離を置いて木刀を構え直す藤堂に、私はずり落ちかけた口布を片手で上げ直す。

こんな負け試合ならばさっさと諦めれば良いものを…と自分でもわかってはいる。
だが、あいにく私は“はいわかりました”とすぐに負けを受け入れられるほどプライドは低くないのである。

「いくぞ、清虎ッ!!」

すり足で段々と距離を詰めてきていた藤堂が、一気に速度を上げて私に迫る。
床から伝わってくるその振動に、私は木刀を構え直して藤堂の動きに備えた。

剣の覚えがない私には、藤堂とは圧倒的な技術差があった。

『…せいやッ!!』

ただ、私の方が上のものもある。

「…うおっ、と…!?」

今まで藤堂の斬撃から身を守るだけだった体を動かし、私は思い切って彼の懐に飛び込んだ。
私の急な行動の変化に目を丸くした藤堂は、即座に構えを変えて私が打ち込んだ木刀を受け止める。
これを観ていた隊士達は、つまらない試合の急な展開に息を呑み、すぐに各々が声援をこちらに投げかけた。
大きな声援の中、私は木刀を弾かれぬ様に手に力を込めつつ藤堂の顔を見れば、彼は好戦的に笑っている。
ようやく動きを見せた私との試合が楽しくなってきたのだろうか、藤堂は鍔迫り合いの状況から離れようとはしなかった。

…少しは、私の予想通りに試合が進んでくれたようだ。

両足に力を入れ、木刀の柄を強く握り直す。
迫り合っているそれに私が徐々に力を込めていけば、道場の床から藤堂の足が僅かに動いた。

「離れろ、平助!!」

原田が私の思惑に気がついたのか、大きく声を上げる。
徐々に押し負けている自分の体と原田の声に藤堂が反応する前に、私は一気に力を込め、相手の体ごと押し返す様に木刀を振り下ろした。

「どわぁッ!?」

押し返された勢いで道場の床を転がる藤堂。
何回かゆっくりと転がって彼の体が仰向けの状態で止まれば、彼の手から滑り落ちた木刀が、静まり返った道場の中で音を立てた。

…手加減はしたつもりだったけど、力を込めすぎたか?

その様子を見ていた原田や雪村の坊っちゃん達三人が、急いで藤堂の傍に駆け寄る。
大丈夫かと三人が声をかける前に藤堂は勢い良く体を起こすと、彼は私に向かって指をさした。

「…くっそー、清虎は馬鹿力だって事忘れてた!!」

私が藤堂よりも優れていた唯一の点は“力”だ。
自分で迫り合いに持ち込んできたところを見るに、やはり彼は私の腕力の事を忘れてくれていた様だった。

『馬鹿とは失礼な。』

座り込んでいる藤堂に近づき手を差し伸べて立たせれば、彼は悔しそうに唇を尖らせた。

「…もう一回だ、もう一回やろうぜ清虎!」

『ちょっと疲れたので、また後日でお願いします。』

「はぁ!?勝ち逃げかよ、ずりぃーぞ!!」

『今日はありがとうございました。』

私の返答に納得がいかないと文句を言う藤堂を軽くあしらい、近くに立っていた坊っちゃんに木刀を手渡して道場の外へと足を向ける。
藤堂には悪いが、ちょっとどころではなくかなり疲れた。
静かに息を吐いて目だけでその場を見渡せば、試合を観ていた隊士達が私を見てざわついていた。
…この反応についてはどの時代も共通らしい。
やはり私の力、藤堂曰く馬鹿力はどの時代でも普通じゃないみたいだ。
もう慣れたから、気にしてもいないけれど。

『…ぐぇッ!?』

あと一歩で出口、というところで私の体が不自然に反り返る。

「ねぇ、次は僕と試合しようよ、北上君。」

袈裟をガッチリ掴まれたまま振り向けば、そこにはにんまりとした笑みを浮かべる沖田総司が立っているのだった。

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