甘味で釣られる親近感

『失礼します、土方さん。夕食の準備が整いました。』

「…ああ、わかった。今行く、…。」

部屋の外からの呼びかけに、土方歳三は生返事の言葉を途中で詰まらせた。
目を通していた書簡を文机の上にそのまま置き、勢い良く自室の襖を開ければ、そこには声の主である北上清虎が立っていた。

「…今、声をかけたのはお前か、北上?」

『ええ、私です。そんな事より、近藤さん達が広間でお待ちですよ、土方さん。』

土方の問いにあっさりと返した北上。
彼は土方に用件を伝えると、引き止める間もなくそのまま広間へと廊下を歩いて行ってしまった。

「なんなんだ、いきなり…。」

北上からの自分の呼ばれ方が変わっている。
しかも、自分だけではなく近藤さん達の呼び方も変わっているらしい。
小さい変化ではあるが、急に起きた変化でもあったため土方は少々驚きを隠せなかった。
土方副長殿
という今までのの呼び方より
土方さん
の方が自分の性にも合い、呼ばれ慣れているため気楽ではある。
ただ、なぜこんな変化がいきなり起こったのかがわからない。
土方はこの小さな謎に首を捻りながら、自室を出て広間へと向かう。
呼び方の事もそうだが、今夜は北上を食事の場に同席させるという話は聞いていない。
わけがわからずため息をついて広間の中に足を踏み入れれば、案の定雪村の隣に北上が座っていた。

「なんで北上がここにいるんだ、俺は聞いてねぇぞ?」

「それについては俺が許可を出したんだ。賑やかな方が良いだろう?」

眉間に皺を寄せて広間に入った土方に対し、機嫌良く笑いかける近藤。
雪村と談笑している北上に視線を向けつつ、土方は自分の定位置である膳の前に腰を下ろした。
その視線に気がついたのか、すぐに雪村との会話を切り上げた北上は頭に被った袈裟を弄りながら立ち上がる。

『すみませんでした、土方さん。やはり食事は自室でいただく事にします。』

それを見た土方は、膳を持ち上げようとしている北上の動きを仕方がないという様に片手で制し、その場に留めた。

「誰も駄目だなんて言ってねぇだろうが。…いいから座れ。」

少し考え込む様に動きを止めた北上はゆっくりとその場に座り直した。
北上は土方に睨まれたと思って立ち上がったのだろうが、実際には土方はただ彼の様子を見ていただけだった。
北上が特殊な立場である故に過剰な接触は避けたい考えがあるだけで、土方自身には彼の存在が邪魔や迷惑だという考えはほとんど無いのである。
しかし、新選組の副長という立場もあり、土方は表情が豊かとは言えないため他人からしたら土方の表情は不機嫌そうに感じられる事が多いのだ。
土方自身もそれをわかっているのだが、直そうにも直せない物になっているのだから困ってしまう。

「………………。」

なんとも言えない心持ちで膳から箸を手に取る土方。
普段から土方のそれを理解している新選組幹部達は、彼が無意識にしてしまう仏頂面に苦笑いを浮かべた。

「まあまあ、今夜だけとは言わずにこれからは一緒に飯を食おうじゃないか。」

あっさりと予想だにしていなかった言葉を言い放った近藤。
食事に手をつけ始めていた土方と北上は同時にその手を止めた。

「おい、近藤さん!あんたなぁ…!!」

「トシ、実は他のみんなは賛成してくれているんだよ。」

「はぁ!?」

『え゛ッ…。』

再び衝撃の言葉が近藤の口から発せられ、土方と北上もまた同時に声を上げた。

「清虎だって一人で食うのは嫌なんじゃないかと思ってさ。ここには千鶴もいるだろ?あと色々と心配な事もあるし。」

少し照れくさそうに口を開いた藤堂に頷く原田と永倉、そして雪村を見た斎藤も北上に向かって口を開く。

「北上。人が見ていないのを良い事に、石田散薬を服用していないそうだな。」

『………ッ、飲んでますよ?』

ほんの一瞬だが体を強ばらせた北上に斎藤が追い討ちをかける。

「嘘をつくな。…これからはあんたを監視させてもらう。」

『か、監視…?』

「あんたが石田散薬を服用するまでは一歩たりとも広間からは出さん。わかったな、北上。」

『…なんでばれた?』

「不思議だよねー、どうして北上君が石田散薬を裏庭の木の下に埋めてた事を一君が知ってるんだろー。」

『…やはり貴方でしたか、沖田さん。』

いかにも不機嫌そうな斎藤とは逆に機嫌良く煮物を口に運ぶ沖田。
その二人に頭を抱えた北上に、井上が宥める様に優しく声をかけた。

「北上君、斎藤君も君の体を想ってやっているのだから…。」

『…わかってはいるんです。しかしながら石田散薬ですし…。』

わざとらしく顔を手で覆う北上。
お前は石田散薬を一体何だと思ってるんだと怒鳴りたい衝動を抑え、土方は汁物に口をつけていた山南へと視線を移す。

「山南さん、あんたは止めなかったのか?」

「最初は私も土方君と同じ考えでしたが、大人数が賛成してしまっていますからね。それに、彼は自分と同じ立場であるのに自分だけでは不公平だ、との意見もあったものですから。」

山南が静かに笑みを浮かべて土方に返答すれば、未だに頭を抱えている男の隣に座る人物の肩が大きく跳ねた。
最後の砦である山南を説得したのは雪村という事らしい。
土方は膳の上に箸を置くと眉間に手をあて項垂れた。
暫くして急に静かになった広間に顔を上げれば、状況の変化を飲み込めないのか辺りを見回す北上以外のその場の人間から視線が注がれていた。
幹部達の訴えかける視線が土方を襲う。
隣に座る近藤にいたっては両手を合わせ、懇願の域に入っていた。
こうなってしまっては、いくら鬼の副長といえども何も言えなかった。

「ったく、お前らは。…勝手にしやがれ。」

幹部達の無言の訴えに土方は溜息混じりに声を出す。
その瞬間、静かだった広間が急激に騒がしい空間へと一変した。

『駄目だろ…!そこはOK出しちゃ駄目だってば鬼副長…!!』

新選組に対して自分の性別を偽っている事もあり、顔を隠している口布を強制的に下ろさなくてはならない“食事”の時間はできるだけ一人で過ごすつもりだったのに…。
幹部達の意見にあっさりと流されてしまった土方に北上は思わず声を漏らすも、それは呆気なく周りの騒々しさにかき消された。

「いやぁ、良かったな清虎!ほら、体のためにももっと食えって!!」

『…永倉さん。ありがたいのですが、食いかけの魚は自分でお食べになってください。』

「これからは北上さんとも一緒にお食事ができるんですね、嬉しいです!」

『それは私も嬉しいですよ坊っちゃん。しかしですね…。』

「ところで北上君、今朝の分の石田散薬はもう埋めた?」

『やめてくださいよ沖田さん、今その話をしたら…。』

「…あんたは今朝も石田散薬を服用していないのか。」

『…ほら来た!』

四方八方から声をかけられ、対応に追われる北上。
土方は口に運んだ漬物を咀嚼しながら目の前の騒々しい光景を眺めていた。

「…近藤さん、賑やか過ぎるってのも考え物だろ。」

「みんな楽しそうじゃないか。たまにはこういうのも悪くないだろう?」

陽気に笑う近藤に少々呆れ返りながらも頭の隅に追いやられていた小さな謎を思い出した土方は、近藤にその事について問いかけた。

「なあ、近藤さん。北上の事なんだが…。」

「ああ、もしかして北上君の俺達の呼び方が変わった事か?」

「…その事だが、近藤さんは何か知ってるのか?」

まさか近藤がその理由を知っているとは思っていなかった土方に、近藤はにこやかに口を開く。

「北上君が、甘味に釣られてくれたんだ。」

「…甘味?」

意味がわからず聞き返した土方に、“雪村君も入れた三人だけの秘密だ”と子供の様に笑う近藤。
近藤曰くその“秘密”を共有しているらしい二人に視線を移した土方は、その二人のうち背の高い男と目が合った。
随分と根に持たれたのか、薬を服用していなかった事で斎藤に説教をされ続けている北上。
目が合った土方に対し、ここぞとばかりに助けを求めていた。

「…何言ってやがる。てめぇが裏庭に埋めたとかいう分もキッチリ飲んでもらうからな。」

石田散薬は土方の生家で製造されている薬なのだから、土方にこう返されるのも無理はない。
土方からの返答に北上は再び頭を抱え、既に騒々しい部屋に沖田の笑い声が加わる。

賑やかを通り越して急激に騒がしくなってしまった大広間。

普段とは違う空気に小さく溜息をつくも、自分でも気づかぬうちに土方は口元を少し緩ませるのだった。



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