甘味で釣られる親近感
部屋の襖が開き、縫い物をしていた手を止めそこに立っている人物へと視線を移す。
『洗濯物を取り込み終わりましたよ、雪村の坊っちゃん。』
午下り特有の暖かな陽光を背に受け、大量の衣服が入れられた籠を抱えた北上さんが私に声をかけた。
北上さんが新選組に初めて訪れた夜から七日が経った。
彼は今まで旅をしていて、最初は新選組に情報提供をするだけだったらしいけど、捕物の夜に新撰組≠フ隊士を見てしまったばかりに新選組に身を置く事になってしまった。
「ありがとうございます、北上さん。たたんでおきますね。」
『この量を一人でやるのは大変でしょう?私もやります。』
籠を畳の上に置き、私と向き合う様に座った北上さんは手早く籠の中の衣服をたたみ始める。
何か目的を持って旅をしていたらしいのに、新選組に軟禁されても北上さんは特に何をするわけでもない。
むしろ、小姓の様な立場として私の仕事などを手伝ってくれている。
初めて彼に会った時は、その独特の服装や話し方に戸惑ったりもしたけれど、北上さんはとても優しい人なんだろう。
繕い終わった羽織から針を抜き、それをたたむと、続けて私も籠の中から衣服を手に取った。
「そういえば、北上さんが新選組に来てもう七日ですね。」
『そうですねぇ、自分でも驚いてます。』
本来ならもう京から出ている頃だと呟きながら、北上さんは籠の中へと手を伸ばしている。
やっぱり、本当は新選組にいるのが嫌なのだろうか。
「…嫌でしたよね、いきなり旅をやめさせられて…。」
『…まぁ、たしかに困りはしましたよ。』
取り出した衣服をたたみ終わり、北上さんは私の方を見ながら腕を組んだ。
『でも、私はまだ生きていますから。殺されていないだけマシかな、と。』
「…そう、なんですか?」
『そうですよ?できるだけ長生きしたいですし、死んだら坊っちゃんとお話しもできませんからね。』
冗談混じりに笑う北上さんの言葉にはとても驚いた。
たぶん、彼は私よりも強くて前向きなのかもしれない。
…私も見習うべきかも。
「北上君!雪村君の部屋にいたのだな。」
『近藤局長殿ではないですか。何か御用ですか?』
私達がお話ししていたところで、部屋の外からこちらに声をかけられる。
急いで立ち上がって部屋の襖を開ければ、いつも通り大らかな笑みの近藤さんが立っていた。
近藤さんの手の上には盆があり、三つの湯呑といくつかのお饅頭が乗っている。
「二人共疲れているのではないかと思ってな。饅頭と茶を持ってきたのだが、今時間は大丈夫かね?」
「はい、大丈夫です。でも、言ってくだされば私がお茶を…。」
「これは二人のために持ってきたのだからそんなことは気にしなくていいさ、雪村君。」
近藤さんは嬉しそうに部屋の中に入り、畳の上に腰を下ろす。
それを見た私も襖を閉め、元いた場所へと座り直した。
『…いただいてもいいんですか?』
私達の目の前に温かいお茶が注がれた湯呑を置く近藤さんに、洗濯籠とたたみ物を部屋の隅に移動させていた北上さんが首を傾げる。
にこやかだった近藤さんが急に顔を曇らせ、北上さんの方を見ながら皿に乗せられたお饅頭を一つ手に取った。
「…そうだな、北上君には一つ条件がある。」
『…条件?』
近藤さんの言葉に私と北上さんが顔を見合わせれば、近藤さんは困った様に眉を下げて口を開いた。
「これからは、俺達の事を雪村君と同じ様に呼んでもらいたい。」
話の雰囲気からは予想していなかった言葉に、北上さんは湯気を上げる湯呑を手に持ったままポカンとした様子で固まっている。
『…近藤局長殿、それは…。』
「その呼び方なのだよ、北上君!俺はどうも堅苦しいのが苦手でなぁ…。」
もどかしそうな様子で近藤さんがトシ達も同じだろうから≠ニ北上さんに力説しているのを見て、思わず吹き出してしまった。
「そうですね、その方がきっと皆さんも嬉しいと思います!」
私達二人の言葉に、北上さんは笑いながら近藤さんの手からお饅頭を受け取り口布を下げる。
『わかりました。これからはそうさせていただきますね、近藤さん。』
それを聞いた近藤さんは満足気に頷くと、皿からお饅頭を二つ手に取り片方を私に手渡し、もう片方を勢い良く頬張った。
それを見て少々笑いながら、私と北上さんもお饅頭を口に運んだ。
『美味しいです、とても。』
「北上さんは甘い物がお好きだったんですね。」
『好きですねぇ。でも、基本的に好き嫌いはありませんよ。食べられるだけで幸せですから。』
そう言って本当に美味しそうにお饅頭を口にする北上さん。
それを見た近藤さんは手に持った湯呑を置き、お饅頭が乗った皿を北上さんの前にそっと移動させた。
「永倉君達から北上君の話は聞かせてもらったよ。…今まで辛かっただろう?」
不思議そうに近藤さんが動かした皿を見ていた北上さんは、近藤さんの言葉を聞いて驚いたのか口に含んだお茶に咳き込んでしまった。
『…近藤さん、その事は…。』
「いや、すまん!何も言わなくていいんだ北上君!ほら、まだ饅頭はたくさんあるのだから好きなだけ食べなさい!!」
『それはありがたいですが…。』
「他にも何か食べたい物があれば、言ってくれても構わないからな。」
二日ほど前の朝食の時に永倉さんや斎藤さんが話していた事を近藤さんは思い出したらしい。
私は詳しい事を聞いていないからわからないけれど、近藤さん達がこれほど心配するだなんて、北上さんは昔に何があったんだろう。
『いえ、そんな事をしていただくわけにはいきませんよ!この饅頭だけでも十分ですから…!』
「そんな事ないだろう。…体も強くはないみたいじゃないか、遠慮なんてしなくていいんだぞ?」
『…えっと、白飯と漬物さえあればいいです…。』
近藤さんが両手で肩をがっしりと掴みながら、遠慮している北上さんに迫った。
苦笑いを浮かべて酷く困っているみたいだし、自分の体調の事を聞かれるのは彼にとっては嫌なのかもしれない。
北上さんの事はほとんどわからないけれど、病気というのはとても心配だし、彼が今までどんな生活をしていたのかも気になる。
「…後で、平助君に聞いてみようかな。」
雪村の小さな呟きは、誰にも気づかれ事なく少々騒がしくも平和な部屋の中に溶けていった。
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