酒に飲まれりゃ益す誤想


「お前ら、何酔いつぶれて北上に介抱されてやがんだ!」

「…なんで清虎はあんなに飲んでも平気なんだよ…。」

「…聞いてんのか、てめぇら!?」

大音量の土方の怒号が、膳に置かれた味噌汁の水面を揺らす。
美涼は青ざめた顔をしている新選組幹部三人を横目に目刺しを頬張った。

藤堂、原田、永倉達三人は見事に酔い潰れ、結局北上の部屋で朝を迎えた。
二日酔いの体を北上に支えられ、三人は朝食の場である大広間に移動した後、案の定土方と山南から説教を受けているのだ。

「お酒を飲む事が悪いわけではありませんが、節度、というものがあるでしょう?」

山南からのお咎めに体を縮こませている三人に、心配そうな顔をしている雪村と目が合った美涼はお互いに苦笑いを浮かべた。
あの三人をこの場に運んできたきた流れで昨日に引き続き幹部達と朝食を食べているのだが、朝からこんな修羅場を見る事となろうとは。

「しかしよぉ、清虎の話を聞いてたらもう酒飲まずにはいられねぇんだもんな。なぁ、左之?」

「ああ、それはそれは哀れだったからな…。」

「俺達が試衛館にいた時なんて、比べ物にならないぐらいひでぇもん食わされて育ったんだもんなぁ、清虎。」

『…その様な話、したでしょうか?』

何を開き直っているんだと思っていたところで急にこちらに話を振られ、そちらに視線を向ければ三人から哀れみの視線が返された。
そこで、機嫌の悪い副長と総長に挟まれ黙り続けていた近藤が口を開いた。

「何!?北上君は今までどんな生活をしていたのだね、永倉君?」

「それは酷いもんだったらしいんだよ、近藤さん。例えば、…。」

恐らくあの三人は酔い潰れて変な夢でも見たのだろう。
そう考えながら小鉢に盛られたおひたしを口に入れれば、その想像を絶する塩辛さに咳き込んだ。

『…ッ、…げほッ…!!』

「大丈夫ですか、北上さん!?」

咳き込んだ私の背中をさする雪村の坊っちゃんに大丈夫だと頷き、実際には大丈夫じゃない状態で膳の上に置かれた妙にどす黒いおひたしを睨む。
周りを見てみれば、こんな色をしたおひたしは私の膳にしかないらしい。
…こんな事をする奴は一人しかいない。
その男の方を見れば、案の定そいつと目が合った。
沖田に一言物申そうと私が口を開くより先に、静かだった斎藤が声を上げた。

「総司、塩分の摂り過ぎは体に不健康だと言っているだろう。これ以上北上の体が悪くなったらどうするつもりだ。」

「え?あ、ごめん、一君...。」

斉藤の言葉に調子を狂わせられたのかあっさりと謝る沖田を見て、そのまま斎藤はこちらに声をかける。

「すまなかったな、北上。朝食が済んだら石田散薬と熱燗を用意する。これから毎食後に飲むようにしておけ。」

『ま、毎食後にお酒ですか…?』

「そうか、ならば夜以外は白湯か茶で服用すれば良いだろう。」

『その前に、私は健康で…。』

「今からでも遅くはない。石田散薬を飲めば体は良くなる。」

『………なんで?』

なぜなのか、斎藤は私を病人か何かと勘違いしている様だ。
昨晩は、臭いがきつくとんでもなく苦い薬、石田散薬を飲まされた。
あの、効能は限りなくゼロに近い≠ニ有名なあの石田散薬をだ。
まさか本当に熱燗で飲むとは思わなかったし、もう二度と飲みたくないと思える体験だった。

「そうだ、お前今までまともなもん食ってなかったんだろ?ほら、もっと食えって!」

「そうだな、俺の分もやるよ。」

「じゃあ俺も!!」

二日酔いで食べられないのか、よくわからない理由をつけて私の皿に目刺しを置いていく永倉達三人。
それを見た三人以外の幹部達は大きく目を見開いているが、この三人が食べ物を譲るのはそんなに珍しいのだろうか。

『ありがたいのですが、こんなに食べられませんよ。…食べかけの物まであるじゃないですか。』

あの普段は飄々としている沖田や冷静な山南が目をぱちくりしている様子は珍しいので面白いのだが、斎藤とあの三人の勘違いはどうにかしないといけないだろう。

「北上さん、ご病気だったんですか!?」

隣に座る雪村の坊っちゃんが、とんでもなく驚いた顔で私を心配し始めている。

「…北上、こいつらに一体何を吹き込みやがった?」

そして、土方の鋭い視線と共に、彼の怒りの矛先があの三人から私に傾いてきていた。

『…なんの事やら。』


顔には出さないが、内心溜息をついて急に自分の皿の上に増量された目刺しをつつく美涼。
彼女が、
日本で牛肉が食べられ始めたのは明治時代以降、牛乳が受け入れられたのはそれ以上の時間がかかった事
を思い出すのと、
江戸時代で鮪の脂身はあまり好まれなかった事
を知るのは、しばらく時間が経ってからである。



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