酒に飲まれりゃ益す誤想

目の前の惨状に、斎藤一は静かに溜息をついた。

藤堂、原田、永倉の三人が北上清虎の調査として北上と酒を飲む事に許可を下ろしたのは良いものの、やはり酒好きの三人が気がかりだったのか、彼らの様子を確認するよう土方に頼まれていた斎藤は、夜の廊下を進んでいた。
土方の心配が杞憂である事を願ってはいたのだが、北上の部屋に近づくにつれ嫌な予感は増すばかり。
北上の部屋の方面から、大きないびきが聞こえてくるのだ。
部屋の前に立てば、中から複数のいびきが聞こえてくる時点で中の様子は嫌でも想像できる。
眉間に皺を寄せつつ部屋の襖を開ければ、畳の上に転がる大量の酒瓶と横になった新選組幹部三人がまず目に映る。
そして、部屋の隅で一人酒を啜る北上清虎の姿も目に映った。

「…これはどういう事だ、北上。」

こちらの問いかけに空になった杯に酒を注ぎながら、北上は口を開く。

『こんばんは、斎藤組長。そちらの三人は酒に酔い潰れてしまったみたいで。眠ってしまった様なので、とりあえず布団は掛けておきましたが。』

気持ち良さそうに眠る三人を見てみれば、並んでいびきをかいている原田と永倉に横向きに一枚の布団が掛けられ、少し離れた所で座布団を抱えて眠る藤堂には北上の物らしき羽織が掛けられていた。

「…この三人が、面倒をかけたようだな。」

『そんな事ありませんよ。それより、ちょっと手伝っていただけますか?一本だけ中途半端に残ったのですが、このお酒、一人で飲むには少し量が多いんです。』

斎藤は酒を飲むつもりでこの部屋を訪れたわけではない。
しかし、調査に向かわせた三人がこの有様では情報収集ができていたのかもわからず、できていたにしても明日の朝には聞き出した情報を忘れている可能性が高い。
情報を聞き出すなら、北上に酒が入っている今しかないだろう。
そして、彼に間者の疑いがあるにしても、こちらが迷惑をかけた相手からの頼み事となれば断りずらい。
ここは彼の話に合わせた方が良いと判断した斉藤は、部屋に足を踏み入れると北上の正面に置かれた座布団に腰を下ろした。
それを見た北上は新しい杯を用意し、自分の杯と共に酒を注ぐと斉藤の手前へと杯を置いた。

『なかなか楽しかったですよ。永倉組長達とのお酒は。』

「…そうか。」

『色々と私の事を聞かれましてね。私の歳とか。ちなみに、私は二十です。』

杯の酒を口に流し込み、こちらに話しかける北上。
やはり酒が入っているからか、普段よりも口数が多い様に感じられる。
口布を下ろす事で唯一見える口元も、僅かにだが口角が上がっている様だ。

「そうか。…他にも、何か尋ねられたりはしたのか?」

自分も杯の酒を飲み干し、その杯に北上が手酌をして酒を注ぎなおした。

『色々ありましたよ。背が伸びる秘訣はなんだ、とか。』

…あの三人は、北上に一体何の情報を聞き出そうとしていたのか。
この質問をしたのは恐らく平助だろう。

「…確かに、あんたは背丈が高いようだが…。何か理由でもあるのか?」

『ええ、牛乳を飲んでました。』

「………………ッ!?」

北上の言葉に思わず口に含んだ酒がむせ返りそうになるのを抑え、無理やり喉の奥へと押し流す。
彼の言葉から受けた衝撃が頭の中を巡ると同時に強い酒が喉をじりじりと焼いた。

『最初は苦手だったんですけど、小さい頃から親に毎日飲まされている内に平気になりました。』

牛の乳など、人の飲むものではない。
北上は親にそれを毎日飲まされていたと言う。
薬として用いられる事もあるとは聞くが、牛の乳を飲ませて子を育てるとまともな人に育たないと聞く。
そんなものを我が子に飲ませて育てるとは、彼の親は何を考えていたのか。

『あと、肉も結構好きですね。』

「…その、肉というのは鳥の事か?」

『いや、どちらかといえば牛肉ですね。』

「…肉も、食べるのだな…。」

牛の肉。
鳥ならまだ理解できるものの、牛の乳だけでなく牛の肉まで食べていたのか。
まず、仕事手に使う牛を食べるものだろうか。
北上が周りの者と少し変わっているのは、この食事と親の育て方に影響されたためなのかもしれない。

「…少し、と言えるのだろうか…?」

『斎藤組長、どうかしましたか?そういえば、永倉組長達も今の斎藤組長と同じ顔をしてましたね。』

何がおかしいのかわからないとでも言う様に首を傾げて酒を啜る北上。
...彼にとってはこれが普通だったというのか。

「いや、他には、…好物などは、ないのか?」

『それも聞かれましたよ。親がよく食べてたので、寿司でしょうか。鮪を食べさせてもらいましたね。』

「寿司か。あんたは鮪が好物なのか。」

『そうそう、いつもトロ≠食べさせてもらってて…。』

「…とろ≠ニいうのは…。」

『あ、永倉組長達が言うにはトロ≠ニ言うのは私の故郷だけみたいですね。何でしたっけ、鮪の、特に脂が乗った部分で…。』

「…大あぶ、の事か。」

『そうだった、それです。』

「……………。」

『…斎藤組長?』

彼が言う所のとろ≠ナある、大あぶ。
非常に傷みやすく、大あぶは漬けにするにも味乗りが悪い。
寿司にするなどもっての外だ。
良くて馬の餌、畑の肥やしにしかならない。
…もはや何も言う事は無い。
話を聞いていれば、北上の食事は幼少から目も当てられないほど劣悪だった事が窺える。
彼の体格に釣り合わない病的な細さは、ここから来ているのだろう。
北上は旅をしていたと言っていたが、実の親にこの様な仕打ちをされて生活をしていたのならば放浪の道を選ぶのも頷ける。

「…苦労、していたのだな。」

『…………?』

俺の杯に酒を注ぐ北上の腕はやはり細く、それは段々と痛々しくも思えてくる。

「あれは幼少からの体質にも効くのだろうか…、いや、問題無いだろう。あれは万能薬だ。」

懐から紙包みを取り出し北上に差し出せば、彼は不思議そうにそれを手に取った。

『斎藤組長、これは…?』

「石田散薬、…それは万能薬だ。それを飲めば、あんたの体もすぐに良くなるだろう。」

『いや、なんでいきなり薬なんかを……。』

「北上、まだその酒は残っているな?」

『え、ええ。まだ残ってます。』

「石田散薬は熱燗で服用するのが最も効果的だ。しばらくここで待っていろ。」

『え?わ、わかりました…。』

北上の手から酒を受け取り、勝手場へと立ち上がる。
石田散薬は万能薬だ、いかに幼い頃から酷い状態の体だとしてもこれを飲めば大きく変わるはず。
少々急いでいたため、足に何かを引っかけた様だが、そんな事より北上に熱燗の用意をしてやらねば。
北上に間者の疑いがある事を頭の隅に追いやった斎藤は、勢い良く蹴り飛ばした藤堂の呻き声を背に受けつつ勝手場へと急ぐのだった。

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