朝餉と布と、洗濯と


「…で、どうして僕が君に頼んだ時は口布を下ろしてくれなかったのさ。」

『ふむ、おかしいですね。襲われた記憶しかありませんが。』

大きな桶に張られた水を吸い込み、ずっしりと重くなった衣服を擦りつける。

いきなりの新選組幹部達との朝食会を終え、早速始まった新選組での雑用係生活。
一日目の最初のお仕事は洗濯≠セ。
平隊士の方には当番制があるらしいので幹部達の分を洗うのだが、それだけでもまあ凄い量だ。

「ねぇ、口布下ろしてよ。」

『何度も言ってますが、これを下ろすのは食事中だけです。』

「じゃあ…。」

『袈裟も駄目です。』

こっちは洗濯で忙しいというのに、先ほどから絡んでくるめんどくさい奴はもちろん沖田総司である。
朝食が終わってからずっとこの調子で絡んでくるため本当にめんどくさい。
沖田の言葉を適当にあしらい、汚れのひどい衣服に洗剤代わりの灰を振りかけて再び擦る。
沖田はそれを見ながら縁側に腰かけ、手に持った小袋から金平糖を摘んでいた。
たかが洗濯と言っても、この時代に洗剤や漂白剤があるわけがなく、水で手が冷えるわ地面にしゃがむ体勢が腰にくるわで意外と重労働だ。
人が仕事中でもお構いなしにちょっかいをだしてくる茶髪に思い切り灰を振りかけたくなる。

「…まあ、いいや。ところで北上君、洗い終わるのが随分と早いよね。ちゃんと洗ってる?」

沖田が縁側から腰を上げ、私の隣へと移動し洗濯桶の前にしゃがみこんだ。

『ちゃんと洗ってます。力が強いからなのか、汚れがすぐ落ちるようです。』

強く擦りつければ早く汚れが落ちるのは当たり前で、普通の人より腕力が強いからか私が洗うと比較的早く洗い終わるのだろう。
ただ、強く擦りすぎて布が擦り切れないか気をつけなくてはいけないが。

「…たしかに、洗えてるみたいだね。」

洗い終わった衣服の中から羽織を手に取り大きく広げて全体を確認し、沖田の視線はそのまま袖を捲くり上げた私の腕へと移る。

「…ほんと、すごい力だよね。この細い腕のどこから出せるんだか。」

桶の中から私の腕を掴み上げ、観察する沖田。
思いのほかガッチリと掴まれているのだが、…無理に振り払うのも怪しまれるか。
…まさかとは思うが、これで女だと感づかれては困るぞ。

『…藤堂組長や斎藤組長も体は細身ではないですか。』

「北上君は細すぎ。それにあの二人は君みたいに怪力じゃないしね。」

怪力とは失礼な。
…否定はできないけど。
観察するのをやめたのか、沖田が私の腕を放したため中断していた洗濯を再開する。

「何か鍛えたりしてそうなったわけ?」

『違いますね。生まれつきみたいなものでしょうか。』

「へー、そうなんだ。」

自分で聞いてきた割にはどうでも良さそうな返事をする沖田。

『で、何してるんですか。』

「君の腕を触って濡れちゃったから、手を拭いてるんだよ。見てわからないの?」

『だからって、人の袈裟で拭くのはどうかと思います。』

そのまま袈裟を持っていかれる可能性を考えて袈裟を手で押さえれば、不満そうに翡翠色の瞳が細められた。

「そこで何をしている、総司。」

沖田のおかげで湿ってしまった袈裟を気にしつつ声のする方へ振り向けば、屯所の廊下からこちらを見つめる斎藤一が立っていた。

「何って、北上君の監視だよ、一君?」

『もう監視を通り越して虐めですね。』

沖田と私の返事を聞いて、斎藤は静かに息を吐いた。

「…北上の仕事の邪魔をするな。暇ならば道場にでも行けばいいだろう。」

「嫌だよ、今日は久々の非番なんだから。」

斎藤が私に救いの手を差しのべるが、沖田がそれをぶった斬る。
斎藤は面倒だと言わんばかりに眉間に皺をよせると、そのまま廊下を歩いて行ってしまった。
私は見捨てられてしまったようだ。
…何かあったら手伝うと言われているし、次は雪村の坊っちゃんに助けを求めるか。

『…非番だというなら、私の監視とかではなくもっと他の事をすればいいでしょうに。』

「それとこれとは別の話だよ。」

…何が別なのかが理解できない。
ニヤニヤと笑いながら金平糖を口に運ぶ沖田を見て、小さくため息をつきながら空を見上げれば青い空に白い雲が流れていた。

本当なら、私はこの空の下で元の時代に戻るための旅をしているはずだった。
それが今、私は仮にも新選組の一人としてこうして仕事をしているわけだ。
数日前、いや、一年前の私がこの状況を見たらどう思うだろうか。
…考えてみれば、ここ一年の間は特定の場所に留まる事がなかったのもあり、ここまで人と長く話す事は少なかった。
朝食の時だって、人と食事をする事を数ヶ月以上もしていなかったから、少し戸惑って箸を取るのに時間がかかったぐらいだ。
隠したい秘密があるため人とは距離を置きたいはずなのに、人と関わる事の久々の感覚に段々と心地良さを覚え始めている。

「ねぇ、手が止まってるんだけど。」

『…すみません。少し、空が気になったものですから。』

沖田の声に空から視線を戻し、洗濯し終わった露伴の水を絞る。
その様子を見ていた沖田は手に持った小袋から金平糖を二粒取り出すと、その内の一粒を私の目の前へと突き出した。

『…これは?』

「金平糖だよ。もしかして知らなかった?」

『いや、知ってますけど。』

「北上君、疲れてるんじゃないかと思って。ほら、いらないの?」

手拭いで濡れた手の水分を拭き取り、沖田の指から桃色の砂糖菓子を摘み取る。

『…可愛らしいですね。ありがとうございます。』

気まぐれとでもいうのか彼の性格には困り物だが、優しい部分もあるらしい。

「ちゃんと味わって食べてね。」

『味わって、ですか。』

にっこりとした笑みを見せる沖田。
私がそれに頷き、口布を下ろして口の中に金平糖を運ぶ。
その瞬間、小袋の紐を結んでいた沖田の手が素早く動いて袈裟を掴み、沖田に引っ張られるギリギリのところで私は袈裟を両手で押さえた。
この男、急に優しくなったと思ったらこういう事だったのか。
沖田は諦めずに袈裟を引っ張り続けている。
彼には優しい部分もあると思ったが、前言撤回だ。

『助けて雪村の坊っちゃぁぁぁあん!!!』

沖田は予想以上に面倒な男だった。



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