度胸試しと神隠し


「北上が部屋にいないだと!?」

大広間に飛び込んできた隊士の言葉に、土方ら数名の幹部は目を見開いた。
押し込みに向かわせた隊士によれば、布団の中はもぬけの殻で残りの隊士が北上を捜索しているとの事だった。
新選組に入隊した者には仮同志≠ニいう一定の期間がある。
その期間中は夜中に先輩隊士からの押し込みなどの度胸試しが行われ、その度胸試しで度胸がない臆病者と判断された場合、その者は新選組から追放される。
本来ならそれを北上に行う予定はなかったのだが、昼間に北上が多くの平隊士と接触してしまった事により仮にも隊士である事を先輩隊士に認めさせなくてはいけなくなってしまったのだ。

「…俺達も部屋に向かうぞ。」

立ち上がる土方に続いて幹部達は大広間から北上のいた部屋へと立ち上がる。
大広間に待機していた幹部は土方に斎藤、清虎が心配だからと藤堂、原田、永倉の三人。
そして、

「つーか、なんで総司までいるんだ?」

廊下を走る藤堂の声掛けに、沖田はにやりと笑う。

「北上君もさすがに寝る時は袈裟と口布を外してるだろうなって思っただけ。」

それだけのためにいるのかと沖田以外の幹部達が考えた瞬間、廊下の奥から男達の叫び声が響いた。
なんだと思えば、押し込みに向かわせ北上を捜索していると聞いていた隊士二人が慌ただしくこちらに走ってくるのが目に映る。

「お前ら、ちょっと待て!どうしたんだよ!?」

勢い良く走っていた二人の肩を原田が掴んで声をかけるが、隊士二人は顔面蒼白で落ち着きもなく息も絶え絶えの状態だった。

「ゆ、幽霊がッ!あの部屋に!!」

「幽霊ッ!?」

怪訝そうな顔をしていた藤堂が目を見開く。

「ほ、本当に出たんです!こいつが押し入れの襖を開けようとしたら何かが何度も光って…!あれは人魂か何かだ!!」

必死に説明している隊士がもう一人の方を指させば、目を抑えていたその隊士も口を開く。

「部屋の中なのに、雷が、何度も何度も…まだ目が眩む…。うう…。」

「きっと新入りの奴がいなくなったのも幽霊か何かの仕業ですよ!」

話の内容の異常さに幹部達は目を見合わせたが、目の前で怯えきっている二人が嘘をついているようにも思えない。

「うん、新入隊士を脅かしに行って幽霊に返り討ちにされた君達はもう戻っていいよ。後は僕達が何とかするから。」

沖田の言葉を聞いた途端に走り去る二人の隊士。
例の部屋に向かって再び歩き出せば、北上の部屋に近づくにつれて藤堂の顔が曇っていく。

「なぁ、その…幽霊ってのが本当だったら、どうすんだ?」

沖田が藤堂の顔を覗き込みながら笑う。

「もしかして怖いの、平助?前は七不思議で盛り上がってたじゃない。」

「べ、別にそれとこれとは話が違うだろ!は、一君!一君はどうなんだよ?本当だと思うか!?」

「それを否定はしないが、俺は自分の目で確かめるまでは信じない。」

急に話を振られた斎藤が間を置かずにきっぱりと言い放ったところで例の部屋の前に着く。
中に灯りは点いておらず、物音もしない。

永倉が小さく息を吐き、部屋の襖に手をかけようとした瞬間。

『おお、永倉組長!こんばんは。あれ、他の幹部の方がたまで。どうしたのです?』

いつも通りの口調だが、露伴に上着を肩からかけ、袈裟と口布姿の北上が部屋の中から襖を開いた。
予想していた展開から大きく外れ、良くも悪くも幹部達はため息をつく。

『先程までは寝ていたのですが、誰かが部屋に来ていたみたいですね。』

彼の手には木刀が二本握られており、それを揃えて永倉に手渡した。

「…布団の中がもぬけの殻だったと隊士に言われたんだが…。どういう事だ、北上。」

土方が北上を睨みつければ、北上は腕を組んで首を傾げる。

『おかしいですね、私は寝させてもらっていましたよ?明日から仕事もいただいたのですし。』

「でもよ、部屋の中に入ったら清虎がいねぇし幽霊が出たって、隊士が騒いでたんだぞ?」

『幽霊ですか?いやぁ、なんとも不思議ですね。本当に幽霊の仕業かもしれません。』

藤堂の言葉にへらりと笑う北上の隣をすり抜け、沖田は部屋の中に入ると押し入れの襖を開け放つ。

「…特に何もない、みたいだね。つまらないな。」

そこに怪しい物は何もなく、ただ布団を出し入れしただけにしか見えない。

『本当に不思議ですね。この部屋で昔何かあったんでしょうか?』

「…どうするんだ、土方さん?」

原田が苦笑いを浮かべて土方に視線を向ける。
隊士達と北上の証言は大きく食い違っているのだが、両者共に原因が怪奇現象と言っている時点でもはやどちらが正しいのか判別できない問題だった。

「…本当に、部屋から出てねぇんだろうな?」

『ええ、もちろん。』

北上の言葉を聞いた土方は大きくため息をつくとそのまま自室へと歩きだし、その他の幹部達も狐につままれた様な心持ちでその後に続く。

「…どうやってやったのかは知らないけど、もう部屋の中からいなくならないでね?幽霊君。」

『酷いですね、私はまだ死んでませんよ、沖田組長。』

「僕が殺して幽霊にしてあげてもいいんだけど。」

『遠慮しときます。ところで、どうして隊士の方々がこんな夜遅くにここへ?』

「そんなの、北上君の間抜けな顔を見た後に新選組から追い出すために決まってるじゃない。」

『…要するに?』

「度胸試し。」

沖田はにやりとわざとらしい笑みを見せると、先に廊下を進む幹部達の後を追うように歩き出した。

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