互いに言えない互いの秘密


「…くしゅッ!!…あー、誰かに噂された。」

約束通りに返却された刀を大事に抱えながら、座布団の上に御座をかいていた北上美涼は盛大にくしゃみを一つすると、大広間のある方角の壁を睨みつけた。

「北上さん、大丈夫ですか?」

心配そうに美涼の顔を覗き込む雪村に笑顔で問題ないと答え、美涼はため息をつきながらもう一人の人物に視線を向けた。

『あの、別に何も問題ないので、大丈夫ですよ山崎さん…。』

視線の先には、塗り薬と湿布を構えている山崎の姿があった。
新選組入隊が決まり、幹部達が空部屋を後にして間もなく山崎と雪村が痛めた首の怪我の手当てに訪れたのだが。

「問題がないはずがない。首を締められた後に副長の手刀を受けたらしいじゃないか。君も痛がっていただろう。」

『いや、本当に大丈夫ですから…。』

「頭の袈裟と口布を取ってくれないか。薬が塗れない。」

『…嫌です。』

どんなに治療を断っても、山崎は引いてくれないのだ。
治療をしてくれる事はありがたいのだが、袈裟と口布を取る事が問題であった。
どんなに男に見られても、顔が中性的だったとしても、私は女だ。
男として新選組に入隊する事になってしまった今、女だとばれるわけにはいかない。
背が高めにしたって、体格は男に比べたら明らかに細い。
筋肉の付き方だって問題だ。
しかも治療すると言う男は監察方の人間で、観察力はとんでもないだろう。
怪しまれる様な事は避けたい。
そしておまけで言うと、案の定口の中にはガムが入っていたりするのだ。
それも追及されたら特に面倒だった。

『治療なら、自分でやりますので。ご心配なく。』

実際にはたしかに首は痛いのだが、数日すれば痛みは引くだろうというものだから本当に問題はなかった。

「…一つ、聞いてもいいか?北上君。」

『…一つだけなら。』

「なぜ、君は顔を隠そうとするんだ。」

…面倒な質問がきた。
坊っちゃんも興味があるのか、私の顔をじっと見つめている。

『簡単な事ですよ。人に見られたくないから、隠すんです。』

「…俺が聞いているのはそんな事ではないのだが。」

『誰にだって知られたくない事の一つや二つあるでしょう。貴方がたにだってあったじゃないですか。』

「…しかし、…。」

『貴方がたの秘密を口外しないと約束した。私自身の秘密だって口外しなくていいはずだ。』

新選組の秘密と私自身の秘密、お互いに世間に明かされると厄介な事になるのは同じ。
軽く笑いながら山崎をあしらえば、廊下から複数の足音がこちらに向かって来るのがわかる。
私の新選組隊士としてのこれからの処遇が伝えられるのだろうか。
そして、これからの毎日は互いに腹の探り合いになるのだろうなと内心で苦笑いしながら、少し下がっていた口布の位置を引き上げるのだった。


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