互いに言えない互いの秘密



私は、どうすれば良いのだろうか。

私が幕末に来る事となった元凶の蝶は、どうやら私の目にしか映らないらしかった。
考えてみれば、思い当たる節もある。
人の目に映らないのなら、どんなに探したって目撃証言がないのはあたり前だ。
この一年、旅を続けて何も情報が得られなかったのはそのためか。
今までの旅は無駄だったのか。
……いや、まだわからない。
私が蝶を追って踏み込んだ屋敷の蔵の中。
そこには、白髪に赤い瞳の人間、…の様な化け物がいた。
私に血をよこせと迫り、とんでもない力で私の首を締め上げた。
特徴だけで言うなら、まさに吸血鬼だった。
そして、あの化け物にだけは蝶が見えていた。
一体、どういう事なのか。

「山崎さん、北上さんが!」

体、主に首筋の痛みに閉じていた目を開けば、私の顔を覗き込む雪村の坊っちゃんと山崎がいた。
私は煎餅布団に寝かされ、体を起こそうにも縄か何かで縛られており身動きが取れない。

「彼の事は俺に任せてくれ。土方副長達を呼んできてくれないか、雪村君。」

山崎の指示に頷いた坊っちゃんは、小走りでこの部屋を後にした。
…この部屋は一昨日から私がお世話になっている空部屋か。
外は明るく、私の意識がなかった間に夜から朝になってしまっていた。

『…おはようございます、山崎さん。…ふむ、やはり体が痛む。』

「すまないが、その縄は解けない。…まさか、こんな事になるとはな…。」

山崎は困った様に私を見る。
ああ、私はきっと見てはいけないものを見てしまったんだと思う。
山崎が、布団を片づけると横になった私の体を起こした。
起こされた自分の体を見てみれば、隊服は脱がされている事以外は特に変わりもなかった。
…なら、本当に良かったのだが。

『山崎さん、私の刀はどこにあるのでしょうか。』

部屋の中を見回してみるも、どこにも刀が見当たらない。
胡蝶蓮が、私の手元から消えている。
嫌な焦燥が体中を駆け巡る。

『…刀はどこです?胡蝶蓮はどうしたんですかッ!?』

「落ち着いて下さい。その、胡蝶蓮は我々が預かっていますから。」

襖が開き、山南が静かに笑みを浮かべて部屋に入ってきた。
その後から他の新選組幹部達が続く。
そのまま彼らは私を取り囲むように座った。

『…胡蝶蓮を返して下さい。私にとって大切な刀です。』

「ええ、それは我々も知っています。ちゃんと、貴方にお返ししますよ。」

布団を片付け終わった山崎が部屋を静かに退室した。
…妙に、申し訳なさそうな表情をしていた気がした。
山南は微笑しているが、その瞳は限りなく冷たく感じられる。
その他の幹部達の表情も厳しいものだ。
私の正面に座った近藤が口を開く。

「…本当にすまない。前川邸の事を君に詳しく伝えていなかった我々に責任があるのだが、こうするより他になかった。」

『…やはり、昨晩に私は見てはいけないものを見たのですね。』

頭を下げる近藤に代わり、隣に座る土方が続ける。

「…俺達が提示する条件に対するお前の返答で、刀の返し方が変わる。」

『…返答、とは?』

沖田がへらりと笑う。

「見ちゃったんでしょ?蔵の中の子達。君って、本当に面倒事を起こすのが得意だよね。」

やはり、あの化け物は見てはいけないものだったのか。
…本当に、最近の私は面倒事を起こすのが得意らしい。

「これ以上、彼が問題を起こす前に斬っちゃいましょうよ、土方さん?」

…なんて事を言ってくれるんだ沖田。

「総司、そいつは北上自身が決める事だ。」

土方が私をまっすぐに見る。

「昨夜見た事を全て忘れ、新選組の隊士として生きるのなら、お前に胡蝶蓮をすぐに返す。」

『もし、それを断ったなら?』

「…お前の墓前に返す事になる。」

自由を失うか、命を失うか。
そういう事らしい。
情報漏洩を防ぐためか、旅人の私を新選組に繋ぎ止めなければいけないらしい。
新選組に入隊すれば、まず死ぬまで脱隊は許されない。
新選組は人斬りの集団だ。
脱走すれば、切腹。
条件を飲んでも飲まなくても、死が待っている。

『…どちらにせよ、私の旅はここで終わるわけだ。予想よりも随分と早い。』

あっという間だった。

「北上、…お前の譲れないってもんは諦めてもらう事になる。」

答えは、

『いや、旅は続けられない様ですが、私は諦めませんよ。』

決まっている。

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