決意が揺らぐ大捕物

目の前で、吹き荒れる突風。

風の音だけが耳に残り、その風圧に思わず身構えた。

砂が巻き上げられ、浪士達は吹き飛ばされる。
大柄な男達が建物の壁に身体を打ちつけられ、崩れ落ちていく。

それから静かに風は止み、僅かに砂埃が舞うだけとなった。

あまりの驚きで、呼吸が一瞬止まった。

「…北上…君…?」

目の前にいるこの男は、一体何をしたのか。

『…怪我は、…ありませんか?』

男は、振り返らずこちらに向かって声をかける。
その声は、感情の読み取れない飄々としたものではなく、か細く震えていた。
手も震え、その度に手に握られた鈍色が月光を反射して光る。
左手に握られた鞘が落ち、刀を地面に刺して彼は膝をついた。

「…山崎君!…清虎ッ?どうしたんだよ!?」

新選組幹部達が俺達に駆け寄り、藤堂さんが北上君の肩を揺らすが、膝をついたまま反応は無い。

「…何があった、山崎。」

土方副長が、離れたところで倒れている浪士達を見る。

「…彼が、…北上君が、刀を抜いたと同時に突風が…。」

「……本当に、それだけなのか。」

「はい。俺も目を疑いましたが…。」

永倉さんが、信じられないという様に笑う。

「そんな事できるわけねぇだろ?強い風が偶然吹いただけじゃねぇか?」

沖田さんが俺の隣に立ち、壁に寄りかかる。

「やだなぁ、新八さん。彼の後ろには山崎君が隠れてたんですよ?その後ろには壁があるじゃないですか。」

「そうだけどよ…。」

「それに、僕達しっかり見たでしょ?彼が刀を抜く瞬間。」

認めざるを得なかったのか、永倉さんは黙り込んでしまった。
本当に、北上清虎とは何者なのだろうか。
未だに反応を示さない男の背中をさする藤堂さんが声を上げる。

「…でもさ、清虎は刀を抜かない…って話だったよな?」

「刀を抜かない…?」

「ああ、山崎君は知らないのか。清虎は自分の手で刀を抜きたくないらしいんだ。」

だから、最後の抜刀までの間は一切刀を抜かなかったのか。

『…すみません。もう大丈夫です、藤堂組長。』

「おい清虎、本当に大丈夫か?」

『ええ、ご心配なく。』

北上君はゆっくりと立ち上がり、刀を鞘に収めた。
体はふらついており、大丈夫そうには見えない。
彼は淡々と、どこか自嘲的に話し出した。

『はぁ、…情けないですね。人に迷惑はかけて、自分の決めた事さえも守れないだなんて。』

「…そんな事ねぇよ。」

『しかし…。』

「何言ってんだよ清虎。お前は山崎を助けてくれたんだろ?むしろ俺達は感謝してるぐらいだ。」

副長と原田さんが彼の肩に手を置く。

『…そう、でしょうか。』

「そうだよ、ドンと胸張れって!!」

「おう、平助の言う通りだ!!」

藤堂さんと永倉さんも彼の背中を叩いた。
そのままふらついた彼の袈裟を沖田さんが勢い良く引っ張る。

『…何ですか、沖田組長?痛てぇ。』

「…別に?少しは役に立っちゃったから、今日は君の事を斬れないなと思っただけだよ。」

『あー、そりゃどうも。…あだだだだ!』

沖田さんは最後に思い切り袈裟を引っ張って手を離し、北上君は頭を抱えている。

「…北上君。」

『…どうしました?』

声をかければ、北上は頭の袈裟を弄りながらこちらに振り返った。

「本当に助かった。君がいなかったら、どうなっていたかわからなかっただろう。君のおかげだ。」

『そこまで言われる様な事はしてませんよ、忍者さん。』

彼は小首を傾げる。
…忍者?

「…そんな事はない。それと、俺は山崎烝。新選組で監察方をしている。」

『…ほう、山崎さんですね。改めて、私は北上清虎。私の方こそ、先ほどはありがとうございました。』

お互いに自己紹介を終え、微笑んでいる彼。
先ほどの様な震えた声ではなく、元の淡々とした声に戻っていた。
少々心配していたが安心した。
幹部達も感じた事は同じ様に見える。

なんとか無事に、捕物は終わりを迎えられそうだ。



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