決意が揺らぐ大捕物
脇差を構える浪士の手の甲に、苦無が突き刺さる。
…ひぃ、痛そう。
捕物に巻き込まれた一般人…、と思っていた男が苦無を手馴れた手つきで投げた。
彼を助けようと思って飛び込んだけど、彼は新選組の隊士の様だった。
私は相手の痛そうなところをがむしゃらに殴ってるだけで、正直に言うとすごく怖かったから助かった。
あと、胡蝶蓮が野太刀である事も救いだった。
刀身が長いため、脇差が相手なら少しは間合いあるのだ。
本差を落とさせておいて良かった。
そうじゃなかったら、とっくのとうに斬り捨てられている。
苦無を投げた男は、素早く移動して浪士の脇差を奪い、刀の柄で相手の首を打って気絶させていた。
……私が助けるも何も、この男はかなり強いんじゃないか?
苦無を投げるところとか、なんというか忍者みたいだ。
浪士の脛を思い切り殴りながら、呉服屋の方面を見てみれば、武器庫らしき店の中から新選組幹部達が通りに出て来るのが見えた。
ああ、もう大丈夫だ。
なんとかなった。
…呑気にそんな事を考え、気を緩めたのが失敗だった。
「北上君!」
忍者みたいな男の声と共に体を押され、地面に転がると同時に鳴り響く金属音。
顔を上げれば、私を庇う様に立っている男と、いつの間に拾ってきたのか本差を構える浪士。
男は私を庇ってくれたらしく、脇差が遠くに弾かれていた。
「新選組め。…貴様ら、よくも…!」
ジリジリと迫る浪士達。
男と私が後ずさるも、背後は壁。
…完全に、囲まれた。
「…北上君。ここは俺が食い止める。君は副長達の所へ走るんだ。」
男が浪士を睨みながら、小さく声をかける。
『…貴方だって、逃げなかったでしょう。私は走りません。』
幹部達がこちらに気がついたのか、走って来るのが見える。
しかし、距離が少し離れすぎている様だ。
時間が無い。
私の背中が壁に着く。
男は再び苦無を握ってはいるが、対応しきれるはずがない。
結局、私のせいで、また…。
拳を握り締めれば、硬い感触。
……やるしかない。
『……下がってください。』
男の肩を掴んで後ろに引く。
「北上君、一体何を…!」
浪士達は、今もこちらに刀の切っ先を向けて近づいて来ている。
『…いいから、下がっていてください!!』
「なッ、しかし…ッ!?」
無理やり私の背後に男を押し退ける。
刀の鞘を掴み、柄をしっかりと握る。
私に剣の心得なんて無いし、人を殺すのだって怖くて嫌。
面倒事なんて大嫌い。
…今、私がやろうとしている事は、この一年で一番恐れていた事を引き起こすかもしれない。
本当に、恐ろしくて堪らない。
でも、それを恐れて死んでしまえば元も子もないじゃないか。
しかも、それに他人を巻き込もうとしているのだ。
…私は、まだ死ぬわけにはいかない。
「何をゴタゴタ言っておるのだ、貴様らァッ!!」
浪士達が刀を勢い良く振りかぶる。
鞘を掴んだ左手の親指で鯉口を切る。
手入れもしてないんだから、錆びたりしてるんだろうな。
浪士相手に素人が刀を向けても、すぐに斬られちゃうんだろう。
私が駄目でも、男が助かれば良い方だ。
…せめて、刀身が長い分、虚仮威しくらいになってくれれば、それでいい。
刀を勢い良く抜き放つ勢いをそのままに。
あの日の決意も、恐さも、全て、今だけは。
横一線に、薙ぎ払った。
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