追われる蝶、憧れとの遭遇

永倉達と呉服屋の通りに戻ったのは良いのだが。

『…………ぅう。』

昨夜と同じ嗚咽に襲われていた。
自分の隠れている物陰からでも、血まみれの浪士の死体がいくつも通りに転がっているのがわかる。
刀を背負っていても、浅葱色の羽織を着ていても、私は一般人なのだ。
昨夜は事故で人を殺してはいるが、慣れるわけがない。

『……まだ、終わらないのかな…。』

永倉や原田達は、浪士達が出てきた店の中に向かったらしい。
未だに、刀を打ち合う音が聞こえる。
斬られた相手の断末魔もだ。
刀で競り合う男達の影が、月明かりによって通りに黒々と浮かび上がる。
気を抜けば歯がガチガチと音を立てそうな程顔が引き攣る。
動乱の時代。
今までもそうだが、現代人としての感覚で物事を捉え、浮かれすぎていた事を痛感する。

怖い。

もっと、物陰の方に隠れよう。
移動しようと後ろに後ずされば、

『…んぐッ!?』

背中の胡蝶蓮を誰かに捕まれた。

「…見つけたぞ、話を聞かせてもらおうか。」

私に迫ってきた浪士の一人だった。

『……!!』

「…貴様、新選組に北上清虎と呼ばれていたな?」

浪士が胡蝶蓮を握った手で、私を路地裏の奥へと引きずり込もうとする。

「真名ではないだろう。どうして貴様がその名を騙っているのだ?」

とんでもなく、まずい展開だ。

「貴様、いったい何をした!?」

男は怒りに満ちた目で私を見る。

『……ッ……ぅ…!!』

助けを求めようと叫ぼうとしたが、やめた。
頭の中で、沖田の言葉を思い出したのだ。

自分の事は自分で守りなよ。

自分の甘い考えで首を突っ込んだのだ、浪士に捕まっているのも自分の不注意によるもの。
…これ以上、他人を頼れない。
浪士は、抵抗すら私を力ずくで引きずろうとしているが。
なぜ、私を殺さずにいるのか。
よくよく見れば、男の肩は赤黒く血が滲んでおり、
足も引きずっている様子だ。
戦線離脱しようとしたところ、私を見つけたというところだろうか。
これなら、もしかしたら……。

「……ぐうッ!?」

浪士に引っ張られている刀の背負い紐を解き、思い切りこちらに引き寄せる。
体のバランスを崩した浪士が地面に膝を着いた。
そのままの勢いで彼の血が滲む肩を、思い切り掴みあげ爪を立てた。
肩の激痛に浪士は胡蝶蓮から手を離す。
今がチャンスだ。
早く逃げなくては。
刀を奪い返すと、蹲る浪士を置いてまた走る。

そして、そのまま、離れた場所に逃げれば良かったのだ。

『……い、一般人ッ!?』

自分のいた路地から違う場所に、浅葱色の羽織りも着ていなければ刀も持っていない男がいる。
しかも、抜刀した浪士数名に囲まれていて。
どうしてこんな所に。
巻き込まれてしまったのか。
彼らに背を向け、その場から離れようとした私は下唇を噛んだ。

斬られそうになって、土埃まみれで。
そうだ、自分も一般人に変わりない。
変わりはないが、だからって一人だけ逃げ、彼を見殺しにするのか。
怖くないわけじゃない。
面倒事なんて大嫌いだ。
ただ、他人を犠牲にしてまで自分を守ろうとは思いたくない。

蝴蝶蓮を握り締めて、大きく息を吸い込んだ。
戦闘の役には立てないけれど、敵の気を引くぐらいはできるはず。

私は、浪士に囲まれている男の元へ駆け出すのだった。


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