追われる蝶、憧れとの遭遇

ああ、

「逃げるな、この腰抜けが!正々堂々と刀を抜け!!」

結局こうなるのか!!

『…ひッ!無理無理無理!!』

沖田総司の喝によって体を動かし、路地の暗がりに転がり込んだは良いものの。

『うわあああ!!』

昨晩と同じく、命懸けの鬼ごっこをしていた。

浪士は私を斬り殺そうと抜刀したまま血眼で追いかけてくる。
細い路地なのに、でかい図体が迫ってくるのはそれなりに怖い。
今度こそ、転んだりしたら死ぬだろう。

『……………ッ!!』

ただ、一つだけ運が良い事があった。
完全に偶然だが、このままこの道を走り抜ければ、恐らく……。

『は、原田組長ッ!!』

路地の出口の先、一瞬だったが見覚えのある槍が横切ったのが見えた。
路地を思い切り駆け抜け、月明かりの元へ転がり込むと大きく息を吸い込んだ。

「…清虎か!どうしたんだよ!?」

やっぱり、いた。
原田組長だ。
その他にも数名の隊士がいる様だ。
昨夜は死ぬ気でこの男から逃げたのに、今度は助けを求める事になろうとは。

『ろ、浪士に追われ…、うわッ!!』

路地を曲がった瞬間に浪士の突きの構えが見えたためギリギリ避けられたものの、服の裾に刃が掠った。

「おのれぇ、叩き斬ってくれる!!」

続けて大きく振りかぶられた刀身が鈍く光を反射する。
原田がいるにしても、槍の長さを足したってまだ少し距離がある。
避けた拍子に足がもつれてしまった私は、全身から血の気が引いていくのを感じていた。
…もう、駄目だ。
ぐっ、と目をつぶる。

「があぁッ!!」

…私のものでない叫び声。

「おいおい、大丈夫か!」

恐る恐る、目を開けば。
倒れた浪士に、緑色の鉢巻の…。

「おい、大丈夫か!?」

見るからに屈強な男。
倒れた浪士のでかい図体なんて比にならない様な筋肉。
まさに、ソルジャー。
へたりこんで呆気にとられていたところ、その男はこちらに手を差し伸べてくれていた。

『…あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございます…。』

手を掴めば軽々と地面から体が浮き上がった。
…この時代に、プロテインなんてあったりするのだろうか。

「それはいいけどよ、…新選組隊士が、敵に背を向けて逃げるのは感心しねぇな。」

『……はい?』

いや、たしかに隊服は着ているけれども。

「おいおい、新八!そいつは隊士じゃねえって。北上だよ、北上清虎。」

原田がこちらに駆け寄って目の前の新八に声をかける。
…ちょっと待て。

『あ、貴方が、あの新選組二番組組長永倉新八ですか…!?』

「お、おう、そうだが…?」

信じられない。

『そうですか!貴方が、あの永倉組長だったとは…。いや、貴方のお噂は聞いております!剣の腕はもちろん学もあるとか!?貴方に一度、お会いしてみたかったのです!!』

感動だ。
なんというか、感無量。
私の数少ない知識の中で、特に憧憬の対象である人間が目の前に立っているのだ。
それどころじゃないのはわかってはいるが、安堵した所にこの衝撃が来たらどうしようもなかった。
永倉は面食らった表情をこちらに向けていだが、

「…そうか?嬉しい事言ってくれるじゃねぇか、お前ッ!!」

『いえいえ、お会いできて光栄です!』

「お前の話を聞いた時は、正直言って良くは思ってなかったけどよ?そうでもねぇみてぇじゃねえか!もう、酒は飲み過ぎんなよ?」

『そ、その件では本当に無礼な事をしました。気をつけます…。』

輝く様な笑顔で答えてくれた。
浪士から助けてくれたし、やっぱり永倉新八ってかっこいい。

『…どうかしましたか。』

それに対して原田は、なぜか鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をしている。

「…は?い、いや、なんでもねぇよ。そんな事より、早く呉服屋の通りに行かねぇと…。」

『あ、お急ぎのところすみませんでした。』

なんでもないと言った割には、腑に落ちない様な顔をしている。

「…お前はどうするんだよ、清虎。通りに戻るか?」

『……ふむ。どうしましょうか。』

ここに一人でいるのも嫌だし、新選組としても私を単独にさせるのは好ましくないだろう。
しかし、絶賛斬り合い中であろう場所に行くのも新選組の足手まといになるし、何より怖い。

「大丈夫だ、清虎!お前の話は聞いてる、刀を抜けなくても俺が守ってやるぜ!」

永倉が私の肩に大きな手を置いた。

『本当ですか!?いや、やはり永倉組長はお噂通りに頼りがいのあるお方ですね!』

「おう!任せとけ!!」

なんと男らしい。
とりあえず、現場に着いたらどこかに身を隠そう。
永倉が気にかけてくれると言うし、新選組で指折りの腕前の剣客なのだから安心もできるだろう。

こうしちゃいられないと永倉が走り出し、私もそれに続く。
原田も隊士数名に倒れた浪士を任せ、私達の後ろを同じ様に走った。

時折、背後から態度≠ニかブツブツ聞こえてきたのだが、よく聞き取れなかった。
…何をぼやいているんだろうか。

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