虚偽を演じて、夜が明ける


嘘をついてしまった。

北上美涼は、月明かりだけの薄暗い部屋の中で布団に横になっていた。
煎餅布団の固い感触に何度も寝返りをうちながら、近藤達とのやりとりを思い出す。

まず、私は酒にあまり酔わないし、好んで飲む事もない。
酒屋にもほとんど行かない。
あのとんでもない内容の文を本気で寄こしたわけではないと思わせるために言っただけだ。
…北上美涼という女が北上清虎という男を演じている時点で何もかも偽りだらけだが。

ただ、あながち嘘でもない事もある。

新選組に入隊したいという気持ちはあることにはある。
でも、それは新選組の生き様を歴史として憧れや尊敬を感じる現代人の軽い考え程度だが。
そして、私が刀を抜くつもりがないのも事実だ。
私は1年前のあの時から、一度もあの鞘から覗く鈍色を見ていない。
刀を抜くつもりがないのではなく、抜けない。
あの刀を抜いたが最後、元いた時代に帰れなくなるのではないか。
そう考えると恐くて堪らなくなるのだ。
刀を手放す事ができないのは、私がタイムスリップをした原因にあの刀が確実に関係あるから。
布団の脇に置かれた野太刀を見つめる。
…私はあの不思議な蝶を追いかけてこの時代に来た。
そこで手にした刀が胡蝶蓮村正≠セ。

…新選組に入隊ができないのは、この刀にもある。

胡蝶蓮村正。
この刀はかの有名な村正、所謂名刀の部類に入るのだ。
その切れ味は妖刀といわれるぐらいだ。
現代の厨二病患者が日本刀に興味を持ったら真っ先に覚える様な有名な刀である。
それぐらい名の知れたベタ中のベタの銘柄だが、それゆえに偽物も多く本物は希少で価値は高い。
幕末には、自分の刀に村正≠フ印をつけてその化物級の切れ味の力をあやかろうとした者も多いのだ。
村正の数が少ないのは、徳川の世において妖刀として恐れられた事もある。
あの徳川家康が、村正銘の槍を検問中に誤ってその指を落としたという。
その祖父に父、長男までもが村正銘の刀で命を落としているのも有名な話だ。
徳川の世において村正≠ヘ災厄を招く妖刀として規制され、所持しているのは数少ない者しかいないのである。
新選組は会津藩お預かりの組織。
局長の近藤勇はもちろん佐幕派。
将軍の一族に仇なす妖刀なるものを持っていては新選組に入るべきではないのはあたり前ではないだろうか。
…胡蝶蓮が本物の村正銘の刀かはわからないけど。
一年間刀を抜いていなければ、一年間手入れもしていない。
…もう、錆びまくってるんじゃないだろうか?
まず、私に剣の心得がない時点で入隊なんてできないのである。
それに、私はこれでも女だから。
根本的に無理です。

『…駄目だ、眠れない。』

布団から起き上がり、寝間着を脱ぎ捨て元々着ていた服に着替える。
どうも落ち着かない。
新選組に嘘をついている罪悪感からもあるが、捕り物について行く事になったのも原因だろう。
責任は持つと行ったがやっぱり怖い。
…緊張はするのに、腹は減る。
胡蝶蓮と同じく布団の脇に置かれたポーチからガムを取り出して口に入れれば、この時代にはない人工的な甘さが広がる。
私が口布をつけている理由はこれだ。
ガムを噛んでいる時の口元を見せないためだけにつけている。
日中はほとんどガムを噛んでるから、この時代の人の視線が気になってしょうがないのだ。
一日中口を動かしてたら怪しまれるからね。
面倒に感じる時もあるが、やっぱりこの味と香りが好きでやめられないんだよなぁ…。
味と言えば、近藤さんに頼まれたとか言って藤堂が持って来たお握りが絶品だったな。
少しサイズが大きかったが、ほど良い塩加減で美味だった。
一緒に出された味噌汁もダシが効いてた。
誰だか知らんけど、千鶴が作ったとか藤堂が言ってたっけ。
料理上手な隊士もいるもんだなぁ、千鶴さんかぁ…。
捕物は明日の夜らしいし、それまでにはお握りのお礼を言っておきたいよね、会えないかな?

部屋の外を見れば、空が段々と明るくなってきている。
それにしても、

『…長い、夜だったなぁ。』

人生最悪の夜が、明ける。



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