虚偽を演じて、夜が明ける

静まり返った部屋。

山南さんが原田と平助を部屋から退室させ、部屋の中は俺達三人と北上の四人だけとなった。
俺達が並ぶ様に腰を下ろし、北上と向き合う様に座る。

「申し遅れてすまない、北上殿。俺は新選組局長近藤勇。隣にいる二人は副長の土方歳三、総長の山南敬助だ。」

『はい。…改めまして、私は北上清虎と申します。』

もう一度一礼した男に山南さんが問いかける。

「…なぜここに連れてこられたのか、貴方はおわかりですね?」

『…はい。…実は、その事でお話があるのです。』

男はまっすぐにこちらを見ながら答える。

「…悪いが、お前の提示してきた条件は飲めない。金が欲しいんだろう、いくら出せば気が済む?」

『…ただ、お願いがあるのです。金も何もいりません。』

男は俺の話に首を振って答えれば、低く頭を下げて言った。

『新選組入隊希望の件、御無礼ながら無かった事にして頂きたい。』

「……なんだと?」

『武器庫の場所はお教えします。ただ、文のその他の内容は水に流して頂きたいのです。』

頭を下げたまま、男は動かない。

「…北上殿、顔を上げて下さい。」

『いいえ、顔を上げるわけにはいきません。それに、私は畏まった対応を受けるに値しない人間です、近藤局長殿。』

「…北上君。入隊希望を取り消したいとは、何か理由があるのかね。」

男はそのままの姿勢で話し始める。

『お恥ずかしながら、あの文をしたためた時、私は酒に酔っていました。酒に溺れ、私自身の醜い欲などが現われてしまったのでしょう。本当に申し訳ない事をした。』

…酒の力を借りたのか。
たしかに、あの文の内容は素面にしては度胸がありすぎるかもしれない。

「…では、実際のところ貴方は酒に悪酔いした勢いの出来心で入隊を希望したのですか。」

山南さんが目を細める。
いくら酒に酔っていたとしても、それは笑って許せる事ではない。

『…新選組に入隊したいという考えは、嘘ではありません。』

「入隊を希望していないわけではないんだな?先ほどの文の条件を無しにするならそれも可能なのだが…。」

畳についた男の手に力が入る。

『私は、新選組に入隊はできません。私にはその資格がありません。』

「新選組には身分なんて関係ない。俺達だって元々は百姓の出だ。」

男は近藤さんの言葉に首を振り、身分の問題ではないと答えた。

『私は、刀を抜く資格がないのです。』

…刀を抜く資格がない?

「いったいそれはどういう意味だ。」

『そのままの意味です、土方副長殿。私は、刀を抜く気はありません。』

「しかし、貴方は背中に刀を背負っている様ですが?」

山南さんが男の脇に置かれた野太刀を指摘する。

『理由はお答えできませんが、この刀を手放す事はできません。ただ、もう抜かないと決めたのです。』

剣を捨てたというのに刀を手放せないとはどういう事なのか。
男は額を畳に押しつけた。

『何より、私は貴方がたに無礼な行いをしたのです。この様な情けない男が、入隊なんてできません。身勝手な願いだという事はわかっています。許してくれとも言いません。どうか、入隊希望の件を水に流しては頂けませんか。』

感情のない淡々とした声に、僅かにだが悲痛な色が滲む。
畳に額を押しつけ、手は強ばっている。

北上は剣を捨てたと言っていた。
この男が刀を捨てた理由はなんなのか。
それについては聞くのは野暮というものだろう。
刀を手放せないのは、まだ未練があるからか。
その未練もあって、この男は酒の力を借りてあの様な行動をしてしまったのかもしれない。
近藤さんと山南さんは神妙な面持ちをしていたが、ここまでされては何も言えないようだった。

「…北上君、もうそれ以上は結構です。頭を上げて下さい。」

「ああ、我々も無理に君を入隊させるつもりは無いしな。もうこの話は水に流そうじゃないか。」

…なんだかんだ言って、ここの男達は優しすぎるかもしれねぇな。

「おい、北上。まだ話は終わってないだろう。」

北上がハッとした様子で顔を上げたところで、広げた紙を差し出した。

「この五日間で調べ上げて目星をつけた場所を纏めた。…この中に当たりはあるか?」

『…ええ、あります。この呉服屋です。』

指をさして、男は答えた。
どこでこの情報を掴んだのか聞いてみれば、酒屋で泥酔した浪士達の会話を聞いたとの事だった。

「…北上。」

『はい。』

「明日は捕物になる。念のため、お前にもついて来てもらう事になるが…構わねぇか?」

『…わかりました。最後まで責任は持ちましょう。』

話が纏まったところで近藤さんが北上に声をかけた。

「ところで、北上君。君は…その、少し変わった服装をしているのだな?」

北上は顎に手を当て小首をかしげる。

『…あまり詳しくは話せませんが。私は旅をしている者なのですが、その道中で怪我をしたお坊さんに会いまして。近くのお寺まで運んだらお礼になんでもすると言われたので、この袈裟を頂きました。』

…お礼に袈裟?

「…なんで、袈裟なんて貰ったんだ。」

『冬だったものですから、雪が降っていて寒かったので。そうだ、副長殿も被ってみますか?』

「……断る。」

『ふむ、それは残念だ。』

頭の袈裟を触りながら話す男。
やはりこの男は変わり者らしい。
声に感情がこもっていないお陰で冗談なのか本気なのか、いまいち掴めない。

「…旅をしているとのことでしたが、もう今日は宿を取ってあるのですか?」

山南さんが咳払いをして話題を切り替える。

『今夜は忙しかったので宿は取れませんでした。今夜は野宿になりますね。』

それを聞いて近藤さんが立ち上がった。

「泊まるところがないのか?なら、今夜はここに泊まっていけばいいじゃないか。」

『え?あの…。』

「夕飯もまだなのだろう?少し待っていてくれ。」

北上の返事も聞かずに近藤さんは部屋を出ていった。
また近藤さんのお人好しが出たか。

『よろしいんですか?…泊まっても。』

「こうなってしまっては仕方がありません。泊まっていけばよろしいでしょう。」

山南さんが苦笑いで返す。

『…副長殿。』

「…なんだ。」

『一宿一飯の恩義は何がいいでしょうか?家事なら大体できますが。』

「…………………。」

何を言い出すかと思えば…。
北上清虎は、予想以上に変わった男だった。

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