抜け出せぬ誤想

なんとなくわかってきた。

私と同じ苗字の浪士。
新選組は、私を北上清虎≠ニ勘違いしているのではないか。
新選組は人斬り集団なのだから、入隊希望の人間が人を殺していたとしてもおかしくないし、いちいち役人に突き出したりもしないだろう。
原田に名前を聞かれた時、私は北上≠ニしか答えなかった。
男だと思われているのに女の名前を出すと色々と面倒だからだ。
こうなるんだったら、太郎でもなんでも適当に言っておけば良かった。
覚書の方を見れば、武器庫≠ノ場所≠ネどと続き、見覚えのある呉服屋の名前。
その下に仮名=A北上清虎≠ニある。
文を覚書と照らし合わせて繰り返し読み返せば、嫌でも文の内容がわかってくる。
あの浪士、新選組に偽名で北上清虎≠ニ名乗っていたらしい。
覚書に書いてあるぐらいだから使い始めて間もない名前だろう。
あと、一体何を考えていたんだあの浪士。
新選組に入隊希望というより喧嘩売ってんじゃんか。
誰だって自分達の敵の襲撃予定と隠し武器庫の場所を知ってるなんて言われて喧嘩も売られたら、そりゃあ怪しくても動くしかないだろう。
新選組が血眼になって探すわけだ。
そして、私がその浪士と勘違いされて捕まった。

『…これって、かなりまずくないか?』

新選組が探していた男はもういない。
私が殺してしまったからだ。
それは、彼らが求めている重要な情報源が失くなったという事で。
新選組からしたら最悪の事態である。
浪士は偽名を使っていたから、死んだ浪士の身元を調べてもすぐにそれがばれる事はないだろう。
まず、彼の荷物が私の手元にある時点で調べられないはずだ。
ただ、もしばれたら。
私が新選組の重要な情報源の男を殺してしまったのがばれたら、どうなるか…。
…言えない。

“人違いです。そして貴方がたが捜している男は私が殺してしまいました。”

なんて口が裂けても言えない。
それに今更言いだしたところで、この場から逃げるための口実だと思われてしまうのではないか。
先ほど、藤堂に逃げるなと釘を刺されるくらいには信用されていないのだ、そうなるだろう。
私が浪士を殺してしまったのは事故だと証明する事ができない様に、私が北上清虎ではないと証明する事ができない。
…私が、北上清虎≠ニして新選組に対応するしか生き残る選択肢がない。
藤堂の言っていた話し合い≠ニは、新選組入隊の件と情報提供の事についてだろう。
私が新選組に入隊するかどうかはこの話し合いでどうにかできるはず。
情報については覚書に書いてあった内容を話そう。
それまでの間だけ、北上清虎≠演じていればいいのだ。

ただ、

『絶対に清虎の第一印象最悪だわ…。』

恐らく、この文は新選組に出した文の控えだ。
こんな内容の文を送っていたら新選組からの印象は最悪だろう。
入隊希望の願書というより脅しに近い内容の文なのだから。
私の入隊希望を取り消してくれと頼めば相手もそれは喜んでくれるだろうが、人斬り集団に喧嘩を売ったのだから無事には帰してくれないと思う。
とんでもない事をしてくれたな、あの男。
手遊びに弄っていた煙管を苛ついた勢いのまま振り上げる。
そのまま畳に叩きつけたい気分だったが、グッと堪えて息を吐いた

文の方は問題ないが、覚書を新選組に見られたら厄介だ。
北上清虎は偽名≠チて事がばれる。
内容はもう覚えたし、後で燃やそう。
懐に覚書の紙を隠し、漁った荷物を適当にまとめる。
…結局、自分の置かれている状況が最悪だとハッキリしてしまっただけか。
酷く胃と頭が痛い。

『あ゛ー、…帰りたい。』

元いた時代に、自分の家に帰りたい。
こんなところで死にたくない。
せめてこの時代に来る前にテレビコマーシャルで見た新発売のガムを噛んでから死にたい。
美味しそうだったなぁ、あのフレーバー。

背中に刀を背負ったまま、畳にうつ伏せに倒れる。
ああ、フローリングの床もいいけど、畳のい草の香りって落ち着くよなぁ。
現実逃避である。
本当に面倒な事になった。
なんで私がこんな目に遭う。
…そう思ったらなんかまた苛々してきた。
ぐったりしていれば、急に部屋の襖が開いた。
うわ、このタイミングで人が来るとかすごいよね。
原田?藤堂?それとも平隊士か。

「…何をしてやがんだ、てめぇは。」

面倒くさいなぁ、誰だろう。
うつ伏せの体はそのままに、声の主の方へ顔を上げ、

ゴン。

すぐに勢いよく畳の上に額を戻した。
鬼がおる。
紫色の鬼と目が合った。
新選組で鬼といったら鬼副長
もしや土方歳三か?
鬼副長が直々に出向いてくるとは思いもしなかった。
彼との出会いも、もっと違う形が良かった。
まさか畳にうつ伏せになりながら会う事になろうとは。
なんたる失態。

もう、恥ずかしくて動けないです。



[ 14/70 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -