誤想する者、される者


逃げる男を追っていた原田は、段々と焦りを感じていた。
どんなに走っても前にいる男に追いつかず、少しずつ距離が開いてきている。
相手の走る速度は逆に上がるばかり。
しかもうまい具合に路地を曲がったり曲がらなかったりを繰り返し、こちらの体力を奪ってくる。
どんな体力をしてやがるんだ、あの男。
このままではまずい。
だが、男の背中は槍を振るえる範囲から外れている。
自分の槍は投げる用途のものではないが、あの男に何かしない限り奴の足は止まりそうにない。
しかし、殺すわけにもいかない。
柄の尻にある石突なら、当たっても最悪骨を折るぐらいで済むだろう。
槍を逆手に持ち、投げの構えで男の背中に狙いを定める。
これが失敗すれば大きな隙が生まれ、男は逃げてしまうだろう。
ちょうどそこで、俺達が走っている通りの角を曲がってくる平助の部隊が見えた。
できれば男を無傷で捕まえたいのだから、本当に運が良かった。
彼らに声をかければ、すぐに状況を理解して男が逃げられないように隊を動かした。
俺と平助達で挟み撃ちにされれば、流石にこの男も諦めるに違いない。
しかし、男は速度を落とさずに走り続ける。
まさか、力づくで突破するつもりなのか。

「お、おい!ここは通さねぇっ、…て!?」

平助も同じ事を考えたのか、刀を構えようとした瞬間。

『…ふっ…!』

息を吐く音と共に男の体が急に傾き、正面にいた平助の足の間を背中を反る様に体勢を低くしてすり抜ける。
自分より背の低い相手の股下と地面すれすれの位置まで体を仰け反らせると、走っている時と変わらない速度で包囲をすり抜けた。
平助はあんぐりと口を開けたまま固まっている。
まさかこの包囲を切り抜けられるとは思わないし、こんな方法でくるとは考えもしなかっただろう。
それは俺もそうだった。
平助や隊士達が我に返ってすり抜けた男の方を見れば、男は滑り込んだ体勢からひらりと身を起こし、服の埃を払って何事もなかったかのように立っている。
あんなに走ったのだ。
こっちは少し息切れしているくらいなのに、全く疲れの色が見えない男。
何者なんだこの男は。
包囲を突破したにも関わらずなぜか逃げるのをやめた男は、俺達をじっと見据えていた。

『…私に、何か御用ですか?』

男が口を開いたが、拍子抜けである。

「何ってお前、訳も分からず逃げてたのか!?」

『だって、怖かったですし。』

人を殺して笑っている男が、怖い?
…ふざけているのか?
淡々と話すその声とほとんど見えない顔からはその真意は読み取れない。

「おい、左之さん!コイツなんなんだよ?」

平助が訝しげに男を見ながら耳打ちしてくる。
そうだ、大事な事を忘れていた。

「一応聞いておくが、あの浪士を殺したのはお前だな?」

『…そうですね。』

「お前、名前は?」

『…北上。』

「…やっぱりか。」

やはりこの男が北上清虎らしい。
北上が平助に向かって両腕を揃え手に持っていた手拭いを突き出した。

「…?何してんだ?」

『私を捕まえるんでしょう?手を縛らないんですか。』

本当に逃げるつもりがないらしい。
平助がなんかお前変わった奴だなとぼやきながら北上の手首を手拭いで縛った。
自分の組の隊士達に合流しようと手拭いを掴み北上を連れて歩き出せば、平助の隊が念のためとついて来る。
この男は何者なんだと隣を歩きながら聞いてくる平助に、小声で北上の情報を伝えながら歩く。
北上は手を引かれ、抵抗する事もなく静かに歩いている。

捜索を始めて五日目の夜。

ようやく見つけ出した不審な男は、予想以上に謎の多い人物だった。


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