未来人、人生最悪の一夜


建物の壁に男の背中を打ちつけ、その間に逃げる。
それだけのつもりだった。

『……………あれ?』

男が動かない。
手足もだらりとしているし、声も上げない。
打ちどころが悪くて気絶しているとか?
それなら横に倒れるはずだが、男の体は座っているとも中腰ともいえない姿勢。
そして男の後ろは壁ではなく、先ほど板をひん曲げた樽。
…嫌な予感がする。

『…ッ!?』

男の背中を見れば、ひん曲げた板が背中にグッサリ。
血も大量に流れ、もう赤い水溜まりができてきている。
嗚咽が漏れる。
…板が折れた時に思ったが、折れたそれは鋭利になっていた気がする。
木の板をひん曲げたのもそうだが、私はかなり力が強い。
林檎なんて片手で余裕に握り潰せる。
ゲームセンターのパンチングマシーンは本気でやったら壊れると思う。
手加減したにしても全国ランキング一位の結果である。
取っ組み合いの時は無意識に手加減していたにしても頭に血が上って本気で突き飛ばした力はそれなりに強かっただろう。
自分の唯一自慢できる力の強さが裏目に出た。
タイムスリップをした先で、殺人を犯してしまった。

『…ふ、ふふ。そろそろ青狸ロボットの世界のタイムパトロールでも来るんじゃない?…ふふふ。』

事態を上手く飲み込めない頭は空回りするばかり。
そんな余裕はないくせになぜか不気味な笑いとわけわからん冗談しかでてこない。
どうするんだ私。
正当防衛や事故だと言っても、証人がいない。
事が露見する前に逃げる?
しかし、自分のせいで死んだ人を放置して逃げるのは罪悪感が…。
でも面倒事はこれ以上避けたいし…。
もう泣きたい。
…しかし地獄は終わらない。
遠くから聞こえてくる複数の足音。
そちらを見れば、同じ青は青でも浅葱とかいう水色のパトロール集団。
ドラマとか漫画で見た事あるよ。
修学旅行で馬鹿な男子達が高い金を出して買ってたよ、あの羽織。
新選組じゃないか。
現代でいうお巡りさんとかセコムの人達だよ、たぶん。
今捕まったら役人とかにつき出されるかもしれない。
身分証明も何もできないし、未来の道具を持っているのにそんな事されたら…。
…逃げねば。
全力で走る。
何か手に掴んでると思えば、不慮の事故の被害者である浪士の顔に巻いてあった手拭い。
突き飛ばした時に掴んだらしい。

「おい!お前、待てって!!」

うわぁ…捨てたいけど、全力で走る今、そんな余裕は無い。
槍を持った背の高い男が仲間を残し、単独で追いかけてくる。
何あれ、めっちゃ怖い。
誰が待てるか。
相手も逃がしてはくれない様だ。

幕末に来て一周年。
人生最悪の一日になっているらしい。



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