不穏な夜と流浪人

『ここも駄目だったか…。金ないのにニート状態かよ。自宅警備員をするにもまず自宅がないんですが。』

浪人の男…に見える旅人の女、北上美涼は夕暮れの京を歩いていた。

『日雇いの仕事も見つからないしなぁ…。甘く見てたかな。』

日中は仕事を探して歩き回ったが、日雇いの仕事にもつけなかった。
世の中そう甘くないのである。
今日は諦めて宿に向かおう。
…仕事が見つからないのが続けば数日後には野宿になってしまうのだが。
就職難はどの時代にもあるらしい。

『早いもんだなー。あれからもう一年か。』

ゆっくりと京の町並みに沈んでいく夕日を見ながら、美涼は歩き出した。



あの時も、夕暮れの道を歩いていた。
散歩がてらに買い物をした帰りで、ダボっとしたパーカーに古いジーンズ、お気に入りの平べったいサンダル、腰には小さめのウェストポーチ。耳にはイヤホン、片手にビニール袋というラフすぎる格好でだらだら歩いていた。
もちろん顔もノーメイク。
そんなだらしない女を見て、すれちがった女子高生二人が声を上げる。

「ねぇ、今の男の人見た?」

「見た見た!背高いし足も長いとか羨ましいよね。」

ごめん、花の女子高生達。
私は女だっつーの。
私の数少ない友人曰く、

アンタの顔は中性的だけど、何もしないから雰囲気とかが男寄りなんだよね

背も女子の平均より高め。
それに対して胸は控えめ。
髪は襟足が少し伸びたくらい。
女子力も皆無なだけあって、私は男に見えるらしかった。
男に告白した事もないし、された事もないが、女子に一目惚れだと告白される事だけはある。
…私の正体を知った彼女達の絶望に満ちた顔は思い出したくもない。
偶然その場に居合わせた友人の面白がり方といったら、まさに下衆の極みである。
まあ、男に見られるのはもう慣れたから気にしてもいなかった。
ポーチの中から自分の好きなフレーバーのガムを一度に二、三粒を口に放り込み、ウォークマンに繋がるイヤホンからは大好きな劇団が演じたミュージカルのBGM。
気分はそれなりに良かった。
いつも通りの散歩帰りだったのだ、そこまでは。

『お?…こりゃすごい。モスラじゃんか。』

今歩いていたのは河川敷沿いの道。
ガムの包み紙を畳んでいる間に、目の前に大きな蝶がひらひら飛んでいる。
全体的に薄紫と黒が多い様だが、アゲハ蝶のような華やかな羽。
サイズなんてまるで人の手のひらのよう。
だらしない女を見るより、普通はこっちの方に驚くだろう、女子高生よ。

『エーミールが見たら発狂もんだろコレ。どこから来たんだろ。外来種?』

…蛾ではなく蝶なのだが。
ご機嫌だった私はなんとなくその蝶を観察しようと考え、ゆったりと飛ぶ蝶の後をふらりとついて歩いた。
物珍しさもあったが、妙にこの蝶にとても惹かれたのだ。

私はそれをこの先後悔する事になる。

それから数分。
夕暮れから夜に移り変わろうかという頃。
私は気がついた。

『…蝶って光るもんだっけ?蛍光塗料でも塗られてたとか?いやでも、ビビットピンクに点滅するってありえないよな…?』

蝶がだんだん発光し始め、桜色に輝いている。

まだ初春だというのに変な汗が背中を伝う。
周りを見れば、僅かな夕日の光が消えていた。
おかしい。
街灯の光も家の灯りも、足元の地面も見えない、何もない暗闇。
片手で荒っぽくイヤホンを外してみれば、耳鳴りになりそうな程の無音。

『何これ、どうなってるの?』

気づいた時にはもう遅い。
蝶の動きが不自然に、フリーズしたようにピタリと空中で止まれば、蝶が光となって弾け飛ぶ。
大量の花弁の様な光が私を襲った。
その眩しさに目を覆う。
それはまるで桜吹雪の様だった。

しばらくして恐る恐る目を開ければ、私は枯れた大木の目の前にいた。
見渡せば、そこは草原。
そこに一本だけある枯れた桜の木の前に私はいた。
河川敷は?街は?今私はどこにいる?
自分のいる場所の異常さに声が出ない。
荷物には異常はない様で、自分の体は大丈夫かと思えば、

『…っ!痛っ…!?』

サンダルのつま先に何かが当たった。
足元には、日本刀。
まさか本物なのだろうかとしゃがみ込んで刀を掴めば、脳内に電流が流れる様に言葉が浮かんだ。

『こちょうれん…むらまさ…?』

胡蝶蓮村正

思わず取り落とした刀の刀身が、鞘から僅かにこちらを覗く。
冷たく光る鈍色は、まさしく本物のそれであった。

…いったい、私に何が起こったのか。

途方に暮れて空を見上げれば、それはつい先ほどまで見ていたのと同じような夕暮れだった。




…あの時は、色々と起こりすぎて逆に冷静だったんだよなぁ。
あの後、ここの時代が江戸時代だと知ったときはとんでもなく驚いたけどね。

一年前の出来事を思い出しながら道を歩けば、お目当ての宿の手前に質屋。

『…アレ、売っちゃおうか。』

元いた時代から百年以上前の時代にタイムスリップなるものをしてしまった女は、その暖簾をくぐった。



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