不穏な夜と流浪人


澄み渡る青空。

京の外れにある小さなな茶屋の長椅子に腰かけ、無表情で団子を頬張る一人の男。

「あの、お武家様…?お団子のおかわりをお持ちしました。」

茶屋の娘がその怪しい男に恐る恐る声をかける。

『おお、もう来た。ここの団子は美味ですね、味に品がある。』

「あ、ありがとうございます…。...まだ、お団子を食べられるので?」

男の横に置いてある皿には既に二十本ほど串が乗っている。

『ええ、大丈夫ですよ。美味しい物ならいくらでも入ります。あと、私は武士ではありませんよ。』

話している間に手に持った団子を食べつくし、娘に大量の串が乗った皿を渡す。

『たしかに刀は持ってるけど、こんな格好の武士なんていないでしょう。私はただの旅の者です。』

男の姿は浪人風の服装に刀は一振りだけ、しかも腰に差さずに背中に背負っている。
頭は僧の様に袈裟を被り、今は団子を口にしているため下ろしているが口布までしていた。
かなり変わった服装である。

「まあ、たしかに…。ところで、旅のお方は京は初めてですか?」

男は茶を啜ると、娘に向かって微笑んだ。
…長い前髪に隠れて口元しか見えないが。
娘は最初、この怪しい男を無愛想に感じていたが、意外とそうではないらしかった。

『そうなんですよ。実は、そろそろ旅の資金が底をつきそうなので何か京で仕事でもしようかと考えているんです。こう見えても力仕事が得意でしてね、どこか日雇いの仕事でも探そうかと。』

おあいそをと男が立ち上がり、巾着から金を取り出す。
その手は色白で細く、力仕事ができる様には正直見えないと娘は思ったが、物腰がやわらかで礼儀正しいところを見るに、彼はどこかいいとこの出ではないかと感じた。
顔を隠すのもそのためなら理解できる。

『しばらく京に滞在する予定なのですが…。また、ここの団子を食べに来てもよろしいですか?』

男が小首をかしげて娘に尋ねる。
娘はもちろんと笑顔で答えた。
ここ最近の京は不逞浪士が増え、客の態度が酷くなっていたため礼儀正しいこの男は歓迎されて当然だった。

「あの、失礼ながらお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

男は少し驚いた様だったが、贔屓にしてくれる客の名前はできる限り覚えたい。

『…北上。私は北上といいます。』

北上と名乗った男は店主にも美味だったと伝えてくれと最後に呟き、口布を上げて顔を隠すと京の都へと歩き出す。
長椅子の上には、先ほど渡したばかりなのに大量の串が綺麗に並べられた皿。
また北上という男が店に来る事を楽しみに思いながら、娘は男の背中を見つめていた。

『…京は何回か来てるけど、この時代では初めてか…。あー、やっぱり食べすぎた?あの店の団子、安いのに美味すぎるわ。』

男の呟きは、誰の耳にも届かない。

『お武家様か…。完全に男扱いか。マジかよ完全に女子力尽きたわ。…元からないか。』

この男の様に見える旅人、実際には男ではなく女なのであった。

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