蝶を当込めば棒に当たる
「楽しかったぁ。またやってよ兄ちゃん!」
「僕も!次はいつ遊べるの?」
元気の塊と言うべきか、跳ね回る子供達を男が諌める。
行かせまいと袖を引っ張る彼らを、長髪の男は困った様子で見下ろす。
『そうだなぁ、よい子にしてたらすぐ遊べますよ。だからもう棒なんかを振り回したりしちゃ駄目ですよ?』
痛い所を突かれたのだろう、彼らは目を泳がせた。
『もしまたやったら…。』
「ぎゃっ!?」
袖を掴んでいた内の一人を男は勢い良く抱き上げる。
『こうだぞぉ!!』
少し脇腹を擽りあげれば、笑い混じりの叫び声が飛び出した。
すぐに子供を腕から解放すれば、彼らはわっと蜘蛛の子を散らすように走り出す。
笑い声が遠ざかって行くのを見て満足そうにしている男。
その腕を掴むと、土方歳三は玄関から自室へと向かった。
廊下に半ば引き摺られながらも足を動かす姿を横目に自室に放り込めば、ヒィ…と情けない声で男は畳に転がった。
「北上…!何度言えばわかるんだ!?」
『…ッぐわぁ!!』
間髪入れずに脳天に拳を叩き込む。
もんどり打って頭を抱える姿を見るのはこれで何度目だろうか。
「屯所の外には出るなとあれほど言ってるだろうが!」
『だ、だって、これには事情がですね…。』
鼻声混じりの言い分を聞けば、近くで遊んでいた子供らが誤って手を滑らし飛んできた枝とやらが危うく物干しに当たりそうになり、叱ろうと追いかけた先が外だったという事らしい。
「…だってもヘチマもあるか、馬鹿野郎!そのまま一緒に遊んで餓鬼かてめぇは!!」
頭を抱えたまま不服そうにしている北上。
…気持ちはわからなくもない。
だがそれとこれとは話が別だ。
彼の立場は非常に危ういもので成り立っている。
悪気が無いのはわかっているが、もし庇護しようにもできない事が起こったとしたら首を刎ねなくてはいけないのはこちらなのだ。
それなのにこの男ときたら、俺達の気苦労も知らないでと思わず睨みつければ再び拳が飛んでくると思ったのか彼は肩を震わせた。
ひと房、長い髪が俯き顔にはらりとかかる。
待てども来ない拳を訝しんでいるのか、その隙間から恐る恐るこちらの動向を窺っている様だ。
「…お前、いつも被ってる頭巾はどうした。」
今、目の前の彼はきょとんとした顔をしているのだろう。
口布があるため表情を窺い知れるのは目元だけだが、この数ヶ月でだいぶ読み取れるようにはなった。
髪で隠れてそこ以外見えないのは袈裟で隠している時と余り変わらないが。
普段は見えない首から肩の線、そして予想以上に長い後ろ髪を見るのはこれが初めてだった。
今思えば、子供らと共に見つけた彼の姿を最初はすぐに判別できなかった。
『えっと、遊んでたら汚しちゃって…。スペア、いや、換えの方も洗濯に出しちゃってて…。』
はは、とから笑いで笑う北上は頭をさすりながらどことなく居心地悪そうにしている。
……彼のこの姿を見た人間は、恐らく新選組内でも極わずかなのではなかろうか。
いや、ただでさえお喋りなここの連中がこの話題を自分から漏らさぬ筈がない。
「…さっきから髪が鬱陶しいだろ。さっさと結っちまえ。」
恐らく、自分が新選組内で初めての人間だろう。
髪を下ろした状態の北上は気まずそうに頬を掻いた。
『…結くもの、なくしちゃったかもしれないです…。』
呆れて溜息が出る。
とことん彼は子供と同じらしい。
土方は小箪笥に手を伸ばすと、そこから適当な髪紐を取り出して北上の手元へ投げた。
「ほら、そいつを使え。あまりもんだから好きに使ってもらって構わねぇ。」
彼は飛んできた物をわたわたと受け止めると、まじまじとそれを見て固まっている。
「…さっさとしろ。もう昼飯の時間だからな、そのまま部屋を出るぞ。」
様子を暫く見ていれば、彼は何故か髪を結わずにずっとそわそわとしていた。
「…ったく、さっきから何してんだ?」
いよいよ待ちきれずに喝を入れれば、北上は肩を縮こませた。
普段の飄々とした姿からは想像できないほどおどおどとした姿だった。
目を泳がせながらぼそぼそと口を動かしているが、その声は欠片も聞き取れない。
『……。』
「…声が小さすぎて、聞こえないんだが。」
もう一度と促してみれば、北上の顔が見る見る内に赤くなっていく。
『ゆ、結えないんです!!』
紐を握り締めながら、北上清虎は言葉を吐きだした。
『…自分の、髪…。』
どんどん尻すぼみになっていく言葉。
今度は聞き取れたはずなのに、頭の理解が追いつかない。
互いに混乱した二人は、向かい合ったまま静かに固まるのだった。
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